ミニのお仕事


 惑星リリーパに放棄されていた機械の誤作動によって、体も精神も幼児になってしまったイグナーツ。小さなイグナーツは「ミニ」と呼ばれ、元に戻るまでは『レイヴン』のイーヴァルのところに居候することになった。


 ミニは真剣な表情でモニターを眺め、ピッ、ピッ、と指先で駒を動かしていた。
「昼だぞ」
「ん」
「・・・・・・何をやっているんだ?」
「りゅーおー戦」
「竜王・・・・・・?」
 ジャケットを手にしたイーヴァルが覗き込むと、モニターの中には対戦中の将棋盤があり、相手の名前が「竜王」となっている。惑星アムドゥスキアの龍族のことではなく、どうやらCPU相手のタイトル戦のようだ。
「あう・・・・・・詰む。また勝てない」
「変わった遊びが好きだな・・・・・・」
 ミニがしょんぼりとモニターを閉じているが、そもそも幼児がする遊びとしては、珍しいを通り越して恐ろしいほど頭脳派である。
めいじん・・・・も、まだ取れてないの。持ってるのはねぇ、おうい・・・とぉ、きおう・・・とぉ・・・・・・」
「・・・・・・」
 指折り数えるミニが言っているのは、将棋のタイトルのようだ。といっても、ゲームの中で取得したものだろう。人間相手と違って、誰でも獲れるとはいえ、そうとうのレベルが必要に違いない。
 昼食のミートスパゲッティを頬張りながら、たどたどしくしゃべるミニの話を要約すると、病院にいた子供の頃からの趣味なのだが、アークスになってからは、忙しくてオンライン対戦もままならないらしい。
「それだけ出来るなら、頭も良さそうなものだが・・・・・・」
「?」
 イーヴァルは、イグナーツがアークスでないと働けないと言っていた理由が、「パニック・アイズ」以外にも有るとわかった気がした。こいつは脳筋なのだ。戦いに勝とう、敵にはめられないようにしようとする頭は働くが、それ以外の日常生活における知識や技術、常識が足りないので、大人になってもアホに見えたのだ。
 満腹になったミニは、午睡の時間だ。応接セットのソファでクッションに埋もれながら、ラッピー柄の肌掛けを腹にまいて寝息を立てる。・・・・・・おかげで、社長室に客を呼べなくなった。
 昼寝から目覚めたときにイーヴァルがいないと、寂しいのか泣きべそをかくし、おやつを用意しておいても、こぼしたときに重い家具を動かせずに上手く掃除ができなくて泣くし、いろいろと面倒くさい。
 ただ、寝ている間は特に静かだし、イーヴァルは集中して仕事を片付けることができた。
 寝ると言えば、幼児が夜にいつまでも起きているのは問題だと、イーヴァルも焔も悩んでいた。イーヴァルが起きているので、ミニも寝ぼけ眼で起きていようとするのだ。だからと言って、いい大人のイーヴァルが20時ぐらいに寝られるはずもない。
 だいたい15時過ぎにミニが起きると、お茶とおやつの時間だ。ミニは市販の菓子も好きだが、イーヴァルが作った焼き菓子などが出ると、テンションが突き抜ける。この辺は大人の時と変わらないので、イーヴァルとしても安心して提供できた。
「ミニ、食べ終わったら出かけるぞ」
「お仕事?お留守番?」
「仕事じゃない。お前も一緒に行く」
「うん、わかった!」
 ミニは嬉しそうに頷くと、食べかけのミカンゼリーをかきこんだ。

 ロールアップした青いオーバーオールに薄黄色のパーカー、頭には大きなキャスケット帽を乗せ、四歳児にしては少し洒落っ気の効いたいでたちのミニを見て、焔は意味の読み取れない声を上げて駆け寄ってきた。
「はぁ・・・・・・可愛いいいいいっ」
「うぅ?ほむらさん、に、買ってもらった、服!ありがとう、ございます!」
 子供の身体に慣れてきたのか、ミニの怪しかった発音も綺麗になりだした。おそらく、イーヴァルとの会話に焔の名前が良く出てくるせいもあるだろう。
 ぎゅうぎゅうと焔に抱きしめられて困惑気味なミニの横を、イーヴァルの長い脚が通り過ぎていく。
「いーば!まって!まって!」
 ミニは焔の腕から抜け出して、イーヴァルのスラックスを掴んだ。
「ッ・・・・・・!?」
「きゃんっ」
 つんのめったイーヴァルと、蹴り飛ばされて歩道をころんころんと転がるミニを、焔が慌てて追いかけた。
「イーヴァ!ミニ、大丈夫か?」
「うぅ〜っ」
「裾を掴むなっ、馬鹿者が!危ないだろう!!」
 たたらを踏んで街灯の柱を掴み、危うく転ぶのを堪えたイーヴァルに怒鳴られて、ミニがしょんぼりと下を向いた。
「ふぇっ・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「まぁまぁ、スラックスを掴んだミニも悪いが、さっさと歩いて行ったイーヴァも悪いだろう。手を繋げばいいだけの話じゃないか」
「そう思うのならやってみろ、焔」
 ふんと顎をあげたイーヴァルに促されて、焔はミニを立たせてみた。
「あ・・・・・・」
「・・・・・・ぅー」
 ミニは幼児だから仕方がないとして、イーヴァルも焔も、成人男性のなかでも長身な方だ。身長差がありすぎて、手が届かない。しかし、いくらミニが小さいとはいえ、自分で歩けるし、おんぶに抱っこというわけにもいかないし・・・・・・。
「よし、こうしよう」
 すぐに解決策を思いついたらしい焔は、自分のハンカチを取り出して広げ、それを細長く折りたたみだした。
「イーヴァのも貸せ」
 無言で差し出されたイーヴァルのハンカチも同じようにたたむと、焔は二本を繋げ、さらにそれぞれの両端を小さな輪に結んだ。
「これなら届くだろ?はい、ミニはこっちを持つ」
「あい」
 片端の輪を焔が、もう片方をミニが掴んだ。男性用の大きなハンカチだったこともあって、即席の迷子紐は十分な長さがあり、焔が腰をかがめることも、ミニの腕が無理に吊りあがることもない。
「ほむらさん、すごい!」
「ふふふ、これが工夫というものだよ。どっかの誰かさんは、自分の思うとおりになっていないと投げ出すんだから・・・・・・」
「ふん」
 問題が解決さえすればいいのか、腕を組んで待っていたイーヴァルは、また先に立って歩き出した。
「さあ、行こう」
「あいっ!」
 ミニは焔と並んで、長いコンパスがなるべく休まないように、元気よく歩き出した。

 イーヴァルと焔がミニを連れて行ったのは、大きなおもちゃ屋だった。ぬいぐるみや人形、おままごとセットに小さな楽器、ボールにパズルに積み木やブロック類、トレーディングカードやフィギュア、模型や携帯ゲーム、大人でもクスッとなるオモシロ小物まで、なんでも置いてありそうだ。
「わぁ・・・・・・」
 目を輝かせてきょろきょろとするミニが、何組もの買い物客が往来する店内で迷子にならなかったのは、ひとえに焔が作った迷子紐もどきのおかげだ。
「ああっ!カタナだぁっ!」
 走り出したミニに引っ張られて、焔がよろけながらも楽しそうについていく。そこにあったのは、男児の成長を祝うための鎧兜が飾られたコーナーだった。兜と一緒に飾られていたカタナは、もちろん模造刀であるが、黒光りする鞘のこじりは金装飾で、鮮やかな色糸をまとった柄も、鷹の透かし彫りが入った鍔も美しい。
「れるしゅのー!」
「レルシュ?友達かい?」
「うん!あのね、れるしゅはね、こうやって構えてね、きんっしゅばばばっちんってやるの!」
 ミニが全身で真似してみせたのは、ブレイバークラスの親友のことだ。
「そうか、強そうだな」
「うん!れるは強いの!ミニはねぇ・・・・・・えーっと・・・・・・」
 そう言うと、ミニはまたきょろきょろしながら焔を引っ張って、走る寸前の速さで歩き出した。
「人の都合を考えない事、まるでリリーパ族だな」
「鏡を見てから言ったらどうだ、愚兄」
 幼児の興味が赴くまま店内を歩き、ついに、ミニが迷子紐を手放して、見つけた物を両手に装着した。
「じゃーん!」
「・・・・・・ヨーヨー?」
「なるほどな」
 片手に一つずつ、二つのヨーヨーを、ミニはシュルパシシュルパシと器用に操ってみせた。
「すごいな。どちらの手でも出来るのか」
「えへへっ。ミニはどっちの手も使えるんだよ。ミニはあーくすだから、しゅつどうするときは、ちゃんとぶきを持っていくんだよ!」
「ミニ、ここで振り回すな。お前が戦い以外で、物や人に当てないほど上手いのは知っているが、通行人に迷惑だ」
「あーい」
 ひゅんひゅんとアクロバティックにヨーヨーを飛ばしていたミニだが、イーヴァルに言われてすぐにお試し用品棚にヨーヨーを戻した。
「・・・・・・こいつには、意外な特技が多いな」
 ぼそりとつぶやいたイーヴァルの横で、思わず焔がクスリと笑みをこぼした。
「大人の時には、イーヴァの要求に応えるだけでいっぱいだからな。この機会に、どんな子なのか、よく把握しておくのがいいんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 再び迷子紐を握ったミニを連れて向かった一角が、本来イーヴァルと焔が見に行きたかった場所だった。ミニはそれらを見上げようと、ほとんどそっくり返るように顔を上向けた。
「わああぁ」
「どれがいい。好きなのを選べ」
 どっさりと並んでいるのは、動物のぬいぐるみだ。子供が片手でつかめるものから、大人でも一抱えする大きなものまで、種類も様々だ。
 どれか選べとイーヴァルに言われて、ミニはぱたぱたとあちこち見て回っていたが、ふいに指を指した。
「あのクマしゃん!!がおーってなってるの!」
「は?・・・・・・これか?」
 それは愛らしい表情のテディベアではなく、片目がつぶれた傷になっていて、後ろ足で立って両手を振り上げ、口はくわっと開いて・・・・・・まるで、今にも襲いかかってきそうなヒグマのぬいぐるみだった。
 イーヴァルが手に取ってみると、黒褐色の毛足は短めだが柔らかく、手触りは悪くない。サイズは、ミニの身長より少し小さい程度。丁度ミニの抱き枕に良さそうだ。しかし、とにかく安らぎが得られそうな表情ではない。
「これでいいのか?」
「うん!とっても強そう!!」
「そうか・・・・・・」
 イーヴァルは自分の感性と照らし合わせて、強そうはわかるが、それを常に側に置きたいかというと、やや納得しがたいものを感じながらも、買ってやったぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめるミニに、まあいいかと深く考えない事にした。
「いーば、ありがとう!」
「それ持っていていいから、夜は先に寝ろ」
「うー、わかったぁ・・・・・・」
 まさか自分のベッドを抜け出したミニが、イーヴァルのベッドでクマと寝ていることになるとは、この時のイーヴァルは予想していなかった。
「さて、そろそろ夕食時かな。ミニは、何が食べたい?」
「おこさまらんちー!」
 イーヴァルがぬいぐるみを抱え、ミニは焔と迷子紐を掴み、おもちゃ屋を出た三人は、ゆったりと夕方の街路を歩いて行った。