キャラメルと包み紙‐4‐


 いつもなら二週間ほど空くイーヴァルとの逢瀬だが、一週間たたずに連絡がきたので、イーヴァルのシャツを洗ったら匂いが無くなってしまったイグナーツは、これ幸いとイーヴァルのマンションに出かけた。
「イーヴァ・・・・・・あっ、もうシャツ脱いでるな」
「おい、なんだその服は」
 バスローブ姿でくつろいでいたイーヴァルを見て、イグナーツは真っ先に脱衣所に駆け込んで、イーヴァルの使用済みシャツを引っ張り出した。
「イーヴァ、こっちは返すぞ」
「・・・・・・お前はいったい何がしたいんだ」
 眉間にしわを寄せるイーヴァルに、きちんとクリーニングしたシャツを返すと、イグナーツは自分から檻に入って座り込んだ。
「この服か?似合わないのは知ってるよ。だけど、いつものシャツがねーんだもん」
 イグナーツが着ていたのは、いつものパニッシュジャケットではなく、濃い紫色のフロンティアウイングだ。以前アゼルの真似をして買ってみたのだが、胸元が大きく開いたデザインはイグナーツにはあまり似合わなかった。
「・・・・・・・・・・・・そら。これでいいか」
「あっ!」
 ため息をつきながらイーヴァルが示したのは、イーヴァルが破ったイグナーツのシャツと同じ物の、新品だった。
「・・・・・・おう、さんきゅ」
「出てこい」
「なんでだよ。俺を入れるためにコレを買ったんだろ」
 イグナーツがイーヴァルのシャツを抱きしめながらころんと寝転がると、イーヴァルも椅子を持ってきて、檻の前に座った。
「ふおぉ、なんかいい匂い!前のとちょっと違う、美味しそうな匂いがする!」
「なぜそれを持っている」
「イーヴァのシャツ?イーヴァの匂いがするから。いい匂いだし、なんかホッとするんだよな」
「お前は犬か。俺がここにいるのだから、お前が好きなようにくっついてくればいいだろう」
「だって、イーヴァは痛いことするし、服破くんだもん」
 イグナーツがぶうと唇を尖らせてシャツを抱きしめると、イーヴァルは眉間にしわを寄せたまま、深くため息をついた。
「そんなに嫌なら嫌と、はっきり言え。お前の口は何のためにある」
 呆れたように言うイーヴァルに、イグナーツはぽかんと口を開いた。
「え・・・・・・いいの?」
「なにがだ」
「嫌だって言うの」
「何を言っている。今までだって嫌なことは嫌だと言っていただろう。嫌だと言われたから、俺はお前の目に配慮している」
「だって、それとこれって、別じゃね?」
「どこがだ」
「だって・・・・・・」
 イグナーツは口ごもりながら、高くない言語能力をひねりだした。
「俺のシャツを破かれたのは、お気に入りだったし、すごく嫌だったけど・・・・・・痛いの我慢するのと同じだと思ったから。イーヴァが、俺が痛がるのが好きだから、痛いの我慢するし、痛がるけどさ。・・・・・・でも、俺の好きな物は、壊されたくない」
「破く服が、お前の服でなければいいのだろう?」
「あ・・・・・・うん、それならいいよ」
「解決だな」
 イーヴァルが組んでいた手を離して椅子から立ち上がり、檻の扉を開いた。イグナーツはイーヴァルのシャツを持って、もそもそと檻から這い出した。
「そのシャツはいらんだろう。さっさと脱げ。俺の前で品のない服を着るな」
「うー・・・・・・ラッピースーツの方がよかったか?」
「どうしてそうなる、この低能」
 イグナーツはシャツを取り上げられ、てきぱきと上着を脱がされた。
「なあ、イーヴァ。イーヴァは俺のこと、愛してるの?」
 イグナーツは軽い質問のつもりだったのだが、イーヴァルがまじまじと見下ろしてきたので、少したじろいだ。
「わからないのか」
「ぅ・・・・・・うん。わかんない。アゼル・・・・・・あぁ、友達のアークスなんだけど、そいつに俺が愛されるって言われたから、そうなのかなーって思って」
「俺が言って、納得するか?なにが愛かも知らないお前が」
「・・・・・・んー」
 イグナーツは首をかしげた。イーヴァルに言われれば、そういうものだと定義したと思う。ただ、どこが愛なのかと問いただされても答えられないだろう。
「よくわかんねえ」
「お前らしい答えだ」
「そーかぁ?」
 相変わらず疑問符を浮かべるイグナーツの頭を、イーヴァルの大きな手がわしわしと撫でた。
「かしこまって考え込むものでもない。お前が愛されたと感じるまで、それは愛されているとは言えないのだろう。主観的な問題だ」
「余計にわからん」
「お前の脳みそは軽量タイプだからな。本能に従っていろ。無理に理屈をこねると、余計に本質から遠ざかる」
「むぎぎぎ・・・・・・」
 思い切り馬鹿にされているが、だいたい本当なのだから言い返せない。だからイグナーツは、イーヴァルの言う通りに本能に従い、背を向けたイーヴァルに飛びついた。
「んじゃ、こうしてる」
 長いさらさらの黒髪はシャンプーの香りがして、柔軟剤の香りがするバスローブはふわふわで、その下にはイーヴァルの背を頬に感じて、イグナーツのテンションは急上昇した。
「えへへっ」
「・・・・・・バックを取られるとは、うかつだ」
 ぎゅうっとイーヴァルを抱きしめていたイグナーツは、そのまま歩き出したイーヴァルに引きずられるようについていき、ベッドの上に放り出された。
「なーなー、俺もイーヴァを愛してるのか?」
「知るか」
「ま、いいか。俺にもよくわかんないし」
 心底呆れたと言わんばかりの態度で額に手を当てるイーヴァルを、イグナーツは首を反らしながら見上げた。
「でもなっ、イーヴァは特別だからな!俺が痛いの我慢してやるのは、イーヴァだけだからな。特別一番大好きだから、・・・・・・だから、もっとぎゅぅして撫でてくれ」
「わかった、わかった」
「ふぉぐぁっ!」
 大きな手に額を掴まれてそのままベッドに押しつけられ、イグナーツはくすくすと笑った。そっぽを向きながらベッドに腰掛けたイーヴァルの長い指が、イグナーツの前髪を梳いて撫でていた。
「イーヴァ、ぎゅぅして」
「・・・・・・お前は本当に、そういうのが好きだな」
「うん。だって、あったかいし、イーヴァのいい匂いが嗅げる」
「・・・・・・・・・・・・動物が」
 人間だって動物だとイグナーツは思う。だから本能に従って、イグナーツはイーヴァルの背に抱き着いた。
「えへへっ」
「抱きしめてもらいたいなら、いい声で鳴け」
「わかったよー」
 要求ばかり言い合う唇が重なり、打撲痕が消え始めたイグナーツの背中に、イーヴァルの爪が立てられた。
「ぁっ!はっ・・・・・・いっ、ぁああッ!!んっ、ふ・・・・・・ぅう!」
 悲鳴を上げたいのに舌を弄られて、イグナーツは痛みと快感に身を捩った。蕩けるようなキスは、一人ではできない。
「はっ・・・・・・ぁ、イーヴァ・・・・・・イーヴァ・・・・・・」
「なんだ」
 糸を引いて離れた唇が、楽しそうに、嬉しそうに、形を変える。
「気持ちいい。もっと」
 ぎゅっと抱きしめられた腕の力強さと、温かい胸と、いい匂いのする首筋に満足していたら、ちりっと胸に痛みが走った。
「いっ・・・・・・つ!?」
 噛みつくようなキスの痕を舌がなぞり、くだけそうな腰を抱かれて、ボトムを押し上げはじめた股間を撫でられる。
「シャツはこんなことしないだろう」
「イーヴァのシャツは、俺に痛いことしないよ。でも・・・・・・イーヴァみたいに温かくない」
 イグナーツの減らず口に満足したのか、イーヴァルの唇が嫣然と歪んだ。だからイグナーツも、自分が感じる温もり程度には心地いいのかと聞いてみた。
「なぁ、イーヴァ。俺、少しは太ったよな?ちょっとは抱き心地良くなった?」
「少しはな」
 その答えにちょっぴり嬉しくなっていると、ベッドの上に押し倒され、首輪以外の服を全てはぎ取られてしまった。
「まだまだ、足りないが」
 なにやら含むところがありそうな言い方のイーヴァルに言い返そうとしたが、痛くない愛撫に舞い上がってしまい、何が足りないのか聞くのを忘れてしまった。
「アアッ、イーヴァぁ!・・・・・・イーヴァぁ・・・・・・ぁんんッ!」
 ぐずぐずに開かされたアナルに激しく出入りする楔に追い立てられ、強請るたびに口の中をかきまわしてくれる舌に蕩かされ、温かい腕と胸にすがりついて腰を振り、何度もエクスタシーに溺れた。
「イーヴァ、大好きだ・・・・・・」
 ぎゅぅっと抱きしめてくれる温もりといい匂いに深く呼吸し、イグナーツは自分を包む身体に抱き着いて眠った。
 イグナーツがイーヴァルのシャツから美味そうな匂いがした原因を知るのは翌日。イグナーツのために焼かれた、大皿いっぱいのクッキーを見てからだった。
「イーヴァ、いい匂いだなっ」
 クッキーに手を伸ばしたイグナーツの薬指で、お揃いの指輪がきらりと光った。