ジョーカーの鎖 ―4―


 獅童パレスのオタカラルートを確定し、あとは予告状を出すだけとなったある日、SNSに双葉の悲鳴がぶちあがった。
『大変だ!!』
『ついに暁が変な趣味に目覚めた!!!』
『ヤバい!!みんな早く来い!』
 何事かと放課後にルブランに集合したメンバーは、怪盗団のタペストリーが飾られた屋根裏で、興奮気味に手招きする双葉と、無心で手元をいじっている暁を見つけた。
「なっ、マジか・・・・・・!?」
「・・・・・・なにやってるの、暁?」
「すごーい!」
 絶句する竜司の横で、真が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。春は純粋に感心し、「な?な?ぐふふふ」などと笑う双葉と共に、暁の手元から目が離せない。
 カチ、カチ・・・・・・カシ、カシャン・・・・・・
「うん」
「うっそ・・・・・・」
「お前というやつは・・・・・・どれだけ器用なんだ」
 ピッキングで自分にかけた手錠を外してみせた暁に、杏は目を丸くし、祐介は呆れて目を眇める。
 暁の作業机の上には、ごつい手錠が山を作り、ピックや針金が転がっている。暁はぶらぶらと手を振り、凝った肩を解すように首を回した。
「体の前でなら、何とか外せるようになった。問題は、後ろ手にされた時だな。手がつりそうだ」
 海外製や日本の旧制式品の山の中から、日本警察の現行品と思われるアルミ合金製の手錠をつまみ上げ、真の目がギラリとモルガナに向けられる。
「・・・・・・ワ、ワガハイが言ったんじゃないぞ!暁が自分からやるって言いだしたんだ!」
「それもそうだけど、そうじゃなくて、どこで手に入れたのかってことよ。これ、レプリカなんかじゃなくて、全部本物でしょ?」
「内緒。ちょっと値は張ったけどね。コレクションするだけなら、手錠もモデルガンと一緒で、罪にはならないよ」
 暁は悪戯っぽく笑い、がちゃがちゃと物騒な物を片付け始めた。
「マジで外せんのか・・・・・・映画とかマンガみてぇだな!」
「ホント。なんかプロって感じ!」
「私にもできるかしら?」
 竜司たちが盛り上がるのを眺めていた祐介は、少し離れたところに真と双葉を呼び寄せて、小声で自分の懸念を話した。
「・・・・・・そうね、普通の人なら、トラウマになってもおかしくないことを、二回も経験したんだもの」
「自己防衛反応ってやつか。免疫付きすぎて、自家製ワクチン作ってるようなもんだなー」
「それだけじゃない。・・・・・・たぶん、明智を死なせた、罪悪感だ」
 囁くように低い祐介の声に、真も双葉も顔をしかめる。
「でも、それは暁のせいじゃないわ」
「そーだけど、そーとは取らないのが暁だな。ドツボにはまってくのを、なんとか回避しようとしてんだろーな」
 真は顎に手を当てて苦し気に考え込むが、ひとつ頭を振って祐介を見上げた。
「それで、祐介の考えは?」
「・・・・・・あいつは、なんでも自分を最終ラインと考えて解決しようとする。他人が陥るくらいなら、自分が先に罠にはまって自力で抜け出そうとするのを、俺たちが止められると思うか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ムリだー。むしろ、頼まれたらフツーにオッケーしそうだ」
「それでだ・・・・・・」
 さらに声を潜めた祐介に、真と双葉は目を丸くした。
「えっ!?」
「あっ、なるほど!認知の変化か!」
「どうだ、真?完璧に治るとは思わないが、ないよりましだ、と思うのだが」
「・・・・・・そうね。叩き込む荒療治も、たまには必要だわ。他の三人には、私が説明する」
 作戦参謀のお墨付きが出ると、呼ばれた三人とは入れ替わりに、祐介と双葉が暁の前に立った。
「暁、練習するなとは言わないが、せめて手首を保護してからやってくれ」
「うお、言われてみれば痕になってる。気付くおイナリすげー」
「あ・・・・・・ごめん。わかった」
 せっかく手当てしてもらって治ったところに、また傷をつけた後ろめたさから、暁は恥ずかしそうに頭をかいてうなずいた。その隙をついて、双葉が素早くピッキング道具と手錠入りの麻袋を取り上げた。
「お、意外と重・・・・・・。へっへーん、これだな。どれどれ〜・・・・・・あー、人数分は無理だな、こりゃ。暁の腕にはまりきらん」
「三つか四つでいいだろ」
「ラジャー。ほい、暁」
「え?うん。服の上からでいい?」
 ぽいっと双葉から渡された手錠を、暁はこともなげに自分にはめていく。
「これ、外せばいいの?」
「自分で外せるものならな」
「え?」
「にっしっし〜」
 きょとんと目をしばたいた暁に、双葉は手錠の鍵とピッキング道具を両手に、ひらひらと振って見せた。
「オタカラはいただいた!」
「少しは無頓着すぎる自分を反省しろ」
「え?え・・・・・・?」
「ちょっ!オマエら、ちょっと待てー!」
 逃走する祐介と双葉を追って、モルガナも飛び出していく。他のみんなも階下に行ってしまったらしく、残された暁は一人、拘束された両腕を見下した。
(オタカラ、か・・・・・・)
 自縄自縛に陥って、抜け出すための鍵を奪われた怪盗など、なんと滑稽な姿だろう。自分を鎖から解き放つ鍵、それはたしかに暁にとってのペルソナ、あるいはオタカラに違いない。
「ったくよぉ、こんなんでホントに大丈夫なのかぁ?」
「文句言うなら、あんたがいい方法考えなさいよ!」
 階段を上って屋根裏部屋に戻ってきた竜司と杏は、暁の目の前に立って、腕を差し出せとジェスチャーする。
「おい、どれだよ」
「双葉は、イスラエル軍の制式品だって言ってたけど?」
「それなら、上から二番目」
「これか?」
 竜司が鍵を差し込んでひねると、カチリと手錠のひとつが開いた。鍵は杏に手渡され、もう片方の手にかかった錠も開く。銀色の手錠は杏の手に握られ、暁の腕は手錠ひとつ分軽くなった。
「よしっ」
「次は、私たちね」
 ガッツポーズをする杏の後ろに、真と祐介が立つ。その手にはやはり、鍵がひとつ握られている。
「ええっと、台湾警察の制式品だから・・・・・・これかしら?」
 真が鍵を差し込んでひねり、パチリとバネが跳ねあがる音と共に、輪のひとつが外れる。
「はい、祐介」
 真からカギを渡された祐介は、前髪をはらって暁の腕を覗き込み、片方だけ繋がっていた手錠を外して取り除いた。
「あの・・・・・・みんな、なにやってんの?」
「まだわからないか」
「意外と鈍いよね、暁って」
 顔をしかめる祐介に、杏が朗らかに笑う。
「次は私たちですね」
「春、手前側のやつだ。S&WのM−104はポピュラーだよなー」
 春と双葉が開錠し、暁の両腕には、手錠がひとつだけ残った。暁が最も馴染みのあるその手錠には、旭日章が刻まれていた。
「最後は、ワガハイの出番だな」
 机の上に飛び乗ったモルガナは、咥えた鍵を器用に差し込み、軽い金属音と共に暁の片手を自由にした。
「・・・・・・・・・・・・」
「暁、あなたの鎖を解けるのは、あなただけじゃないわ」
 真に言われて自分の手から顔を上げた暁は、ツインテールを揺らした杏から指先を突き付けられた。
「一人で抱え込みすぎなのよ、暁は!そりゃあ、あたしたちは暁に頼りっぱなしだけど、あたしたちにだって出来ることはあるんだから!」
「そーそー。また捕まっても、キッチリ脱獄させてやるしさ」
「SFみたいに電子錠になっても、私がなんでも開くスーパー開錠ツール作ってやるからな。フヒヒヒ、任せとけ〜」
「私もお手伝いします!頼りないかもしれませんが、私もみんなと一緒に、暁くんと進みたい!」
 口々に主張されてあっけにとられている暁に、冷静な低い声が降ってきた。
「俺たちは暁のやりたいことに反対なんてしない。だが、お前は俺たちにとって、かけがえのないたった一人の『来栖暁』だ。その責任を果たせ」
 祐介の切れ長な目に射すくめられ、暁は再び自分の両手に視線を落とした。左手首には手錠がぶら下がり、右手には何もない。だがその右手に、小さな鍵が落ちてきた。
「モルガナ・・・・・・」
「暁はいままで、誰かを助けることを諦めてこなかった。こいつらに諦めないことを教えたのは暁だ。だから、オマエが自分自身を貶めて諦めるなんて、絶対にダメだ」
 モルガナの青い目に力強く見つめられ、暁は仲間たちに視線を移した。共に戦ってきた仲間たち。竜司、杏、真、双葉、春、祐介・・・・・・。
「!?」
 そして背後に感じた気配に振り向いたが、そこには冬空を映す窓があるだけだった。いつも背を預け、自分たちから目を背けるように、外を眺めていた・・・・・・。

― 絆を信じて・・・・・・

 青く光る蝶が舞うたびに聞こえてきた声を思い出し、暁は手の中の鍵を握りしめた。悩むのは後でいい。今は、約束を果たすことが先だ。自分が間違った時は、仲間が諫めてくれる。自分が絡め捕られた時は、仲間が助けてくれる。今、この時の様に。
「行こう」
 立ち上がった暁の手から、魔法のようにするりと手錠が離れていった。
「獅童に予告状を出す」
 リーダーの宣言に、仲間たちは待ってましたと笑顔をほころばせた。暁と獅童の因縁に決着をつけるために。双葉の母、春の父、そして明智の仇を取るために。いままで犠牲になってきた多くの人たちと、このままでは犠牲になるこの国で暮らす人たちのために。必ず獅童を改心させる、その強い意志の力が宿る目の先を、共に見詰められ、共に進めることを誇りに思う。
「よっしゃー!首洗って待ってろよ、獅童!」
「怪盗団を舐めたこと、後悔させてやります!」
「当然!」
「お母さんの仇だ!」
「これ以上、獅童の好きになんてさせない」
「我欲の塊に、真の美学というものを教えてやる。そうだろう、暁?」
「ああ!」
 この仲間なら、何処までも行ける。それは、暁も思いを同じくするものだ。彼らと一緒ならば、どんな『破滅』も遠ざかるだろう。
「行くぞ、オマエら!」
 先導するように階段を駆け下りるモルガナを追って、怪盗団はアジトへと繰り出していった。