第九幕・第六話 若村長と破壊の黒拳
ディアネスト王国騎士団長ゴドリーは、生前けっこうな鎧マニアだったらしい。
武術大会での褒賞に国宝の鎧を希望したけど断られたとか、そんなことがシャンディラ新聞に書いてあった。コレクションのロードラル帝国製の鎧も、大枚叩いて買ったらしい。 「欲しかった鎧を着られて、死んでよかったか?」 いまのゴドリーは、ディアネスト王国の国宝のひとつ、『星海の甲冑』に憑りついた、リビングアーマーの親玉でしかない。 「クフフフ、フハハハハハ! ハハハハハァ!! 見る目のないデニサス二世めが! 最初から俺に渡しておけば、もう少しガルシャフ様の慈悲に縋れたかもしれんのになァ!」 「……さぞ、良い鎧だったのでしょうな」 「噂じゃ、隕鉄が使われているらしい。瘴気漬けになっていなければ、見た目も良かっただろうけどな」 瘴気を噴き上げ、煤けたように黒いボロボロの鎧が哄笑をあげる様に、ガウリーは呆れはてたと言わんばかり、俺も打つ手なしだと肩をすくめた。 「そこの貴様、なかなか良い物を持っているではないか。俺に差し出せば、部下にしてやっても良いぞ!」 そばで聞いていた俺ですら、ねっとりした欲を感じて鳥肌が立ったのだから、言われたガウリーが感じた気色悪さは想像に難くない。 「断る。これらは、我が主より賜った、大切な装備。国から盗んだ物を恥ずかしげもなく着ている貴様に、やすやすと触らせるものか」 俺の前に出たガウリーは、剣を抜き、腰を落としてぐっと盾を構えた。 「打ち砕く」 「笑止! やれるものならやってみるといい。名匠ラマンドラが手掛けた、最高の甲冑よ! 万物を阻むと言われる星海の鎧に、傷を付けられる剣などありはしないのだ!」 「そいつは、聞き捨てならんなぁ」 風を切って俺たちの頭上を飛び越えてきた人影は、ガウリーの前に降り立って、己の拳をがつんと打ち合った。 「万物を阻むぅ? 面白いこと言うじゃない」 褐色のしなやかな長身にまとったビキニドレスの裾がはためいた。硬そうな防具が護る場所は、拳から肘と足先から膝だけ、敵に打ち付ける場所のみという徹底ぶり。 その装備は、まごうことない漆黒。陽の光に反射する白いラインが、ネコ科の生物をモチーフにした形であるとうかがわせたが、素材は金属というよりも、美しい宝石に見える。 「メロディ殿」 「悪いね、ガウリー。こいつは、私が貰うよ」 「しかし……」 「いいんだ、ガウリー」 俺は硬い鎧に覆われたガウリーの肩を叩いて退かせた。 「メロディに任せる。バフはいるか?」 「適度に」 「難しい事を言うな」 俺よりもずっと戦闘慣れしていて、しかも近接回避型のメロディへのバフなんて、下手すれば邪魔になるだけだ。 「支援に徹する。警戒頼む」 「御意」 ガウリーの大きな体と盾に隠れるように位置取りしながら、俺はメロディの攻撃リズムを崩さないよう、防御寄りの支援を選んだ。 「ブレス! マイティガード!」 俺のバフが届いた瞬間、そこにメロディの姿はなかった。ただ、踏み込みで抉れた地面に、乾いた土ぼこりが漂うばかり。 バコォォォン!! おぉんおぉんとエコーが聞こえてきそうな一撃で、あっさりとひしゃげた兜が地面に転がった。中身が入っていたら、首ごと持っていかれたに違いない。 メロディの攻撃はそれで終わらずに、ガンガンと金属音が続いていく。 「なっ!? な、ぁっ!?」 混乱した鎧だけのゴドリーが盾を掲げるものの、メロディの蹴りが凹んだ盾を空高く跳ね飛ばしてしまう。 「んー、変な感触。ああ、疑似高次元になっているのね。ボロ鎧を重ねたって、それが有効DEFになるかよ」 おそらく、自分の体に死体をストックしていたコープス伯爵のように、ゴドリーも集めた鎧を星海の甲冑に重ねていたのだろう。どういう理屈なのかはわからないが、それで多少性能が上がるかなにかしたのだろうけれど、メロディには通用しなかったようだ。 「調子に乗るな、ダークエルフ!」 俺たちの時と同じように、地面からリビングアーマーたちが湧いてくる。助けようかと一瞬身構えたが、メロディには無用だったようだ。 「ナンセイ流舞闘術第三式、大盃!」 遠くからそれを見た俺はブレイクダンスみたいだなと思ったが、地面から湧き出る傍からリビングアーマーがバラバラになって吹っ飛んでいくので、あの竜巻には絶対に近付かないと誓った。 「くっ!?」 「オラオラァ! もう終わりか、へっ、ザァコォ!! ハーフダークエルフに勝てない、ザァコォ!!」 「がぁっ!」 せっかく拾い上げた兜が、もう一回吹っ飛んで、城壁にぶち当たって落ちた。今度こそ、割れ目が入ってしまった上に、べっこりぼっこり凹んでしまって、かぶれそうにない形になった。 メロディの装備は、やはり対アンデッド仕様らしく、通常ならすぐに再生をはじめがちなアンデッドの体だというのに、メロディに殴られた鎧は白煙を上げて壊れたままだ。 「いやぁ、デストロイヤーの異名は伊達じゃないな。くわばらくわばら」 下品に煽り散らすメロディの容赦ないフルボッコを目の当たりにして、うすら寒さを覚えた俺は、両方の二の腕をさすった。メロディは攻撃を受けても全部回避できているらしく、防御魔法が全然削られないので、いらなかったかもしれない。 「あの、リヒター様……。失礼ですが、メロディ殿は……いったい、何者ですか」 「え……あれ? 言ってなかったか?」 そういえば、ガウリーがメロディを知ったのは、すでに痩せている状態で、隷属の首輪を外せる魔道具師としてだったな。 「メロディはむかしロードラル帝国にいた時、ライオネル帝の親衛隊長をやっていたんだ。ノアみたいな規格外は別として、人間の格闘家としては、たぶん世界屈指の強者だろうな」 「!?」 ガウリーが面白いくらいに俺とメロディを見比べるが、気持ちはわかる。俺もドワーフたちから初めて聞いた時は、本当にびっくりした。 「普通、人間の拳が鎧や甲冑に敵うわけがないって思うけど、メロディだからな」 「あの装備は、すべてドワーフ製ですね?」 「そうなんじゃないか? 帝国にいた時も、メロディが持ち込む素材の希少さと高価さのせいで、ドワーフの中でも扱える鍛冶師が一人しかいなかったらしいぞ」 「……」 メロディの個人装備は、素材と製作者が揃った場合にのみ作成されたため、ほぼすべて 「お、おのれ、バケモノめぇッ!」 兜は割れ潰れ、盾は蹴り飛ばされた時に曲がり、剣は半ばから折れ、左肩から外れ落ちた腕は踏み潰され、胴はあちこちに蜘蛛の巣状のひびが入って凹んでいる。まだかろうじて無傷なのは、両脚と背中くらいだろうか。 「アッハァ! 化け物にバケモノって言われちゃったよ! 私強いからねぇ、仕方がないねぇ! ……亡霊に穢された鎧ごときが。私に壊されることを、光栄に思いたまえよ」 無能を見るように紫色の目を細めたメロディだが、肉感的な唇は逆に愉悦に浸るように端が吊り上がった。 「私の装備はね、そりゃあ最高だけど、今回は何と特別に、キャロルちゃんの祝福付きなのよぉ。美少女の聖水とお祈りが、たぁっぷり染み込んだ拳が、アンデッドに効かないはずないんだなぁ! オラァ!」 「ぐほぉっ!」 「DEF貫通って知ってるぅ?」 「がぎゃっ!」 「再生阻害って知ってるぅ?」 「おごぉっ!」 「ロードラル帝国の武術大会優勝者が、実質大陸最強って知ってるぅ?」 「あばあぁっ!」 首元が凹んで背中側とくっつき、右腕が弾け飛び、ローキックを受けて凹んだ脚ではまともに歩けず転ぶ。メロディはそのグリーブを、足先の方から丁寧に踏みつぶしていった。 「ガアアァッ!! ギヒィィッ!!」 「お前死んでんのにさぁ、痛覚あんの? ふっしぎー」 バキンベキンという音が、右側からと、左側からと、少しずつ上体に上がっていく。両腕を失い、両脚を粉砕されつつあるゴドリーは、無いはずの頭から悲鳴を上げる。 「僕が知っている最強の装備を手に入れられて、とぉっても嬉しかったんでちゅねぇ。でもぉ、中身も装備も最強相手にイキっちゃったせいで、こうなってるわけだけどぉ。ねえ、どんな気持ち? どんな気持ちぃ?」 「ギャアァァ! ご、ごべんなさぁぃ……! まだ 「ハアァァア? それお前が言うの? 死んだ人いっぱい集めて、骸骨にしたのに? 敵も味方も防具引っぺがして自分の物にした泥棒なのにぃ? 他人を食い物にした、お前が、いまさら言うのぉ? さっきリヒターに、お前なんて言ったよ? 一人で軍隊してるんじゃなかったのぉ? ああ、それじゃあ味方いないかぁ。 ボッチかわいそー」 「たすけて……ガルシャフさま……ガルシャフさまぁ……!」 「ぅわお、目の前の私に命乞いじゃなくて、ボスに言いつけるぞーってか。クッソ小物じゃん」 ごん、ごん、と蹴り転がしたゴドリーの背中から、メロディの足裏が鎧を踏み抜いた。人によっては、背骨が折れ砕ける音を幻聴したかもしれない。 「きっしょ」 とどめとばかりに吐き捨てたメロディの足の下には、もはや鎧とわかる物はなく、煤か小さな金属片のような粒が転がっているだけだ。 「あっ! 隕鉄鎧の破片みっけ! ってナニコレ、瘴気汚染されてんじゃーん。リヒター! 浄化してー!」 ぶんぶんと手を振るメロディに、俺は苦笑いがこぼれるのを堪えきれずに頷いた。 「亡霊でも、心が折れることってあるんだな……」 「……」 俺がしみじみと呟くと、一方的にいたぶられた結末にガウリーもさすがに騎士として同情を禁じ得なかったのか、粉々になった鉄くずたちに目礼をした。 ゴドリーは亡霊にもかかわらず、鎧という物質に固執しすぎた。それが形あるものであるならば、メロディに破壊してくれと言っているようなものだろう。……まあ、目に見えないものへの攻撃も、メロディの性格なら「煽りは文化」くらい思っていそうだ。 天才魔道具師を自称する彼女は、作ることも上手だが、壊すことはもっと得意なのだ。 |