第七幕・第四話 若村長とコープス伯爵


 這いずる臓腑がまき散らされていた街道は、ノアの魔法と神々の威光で、花が咲く穏やかな草原に変わっていた。ノアの魔法が広範囲に効果を及ぼしたので、実際にはどこまで這いずる臓腑がいたのかはわからない。
「……たぶん、別の奴だな」
「なにか?」
 俺の呟きが聞こえたのか、手綱を持ったままのガウリーが、こちらを振り向いた。
「俺たちが初めて会ったミルバーグの村で、ガウリーとキャロルを逃がした後に、もっと強いアンデッドがやってきた。街道を巡視しているんだと思う。騎士タイプのアンデッドをたくさん引きつれた、女のデュラハンだった。馬には首が付いていたけど、鬣が青い炎の灰色の馬で、すごく強そうだったな」
 これはサルヴィアやジェリドには話したが、ガウリーにはまだ言っていなかったので、ずいぶん驚いた顔をしてくれた。
「知っているか?」
「いいえ。ですが、馬に乗った騎士タイプのアンデッドと言うと、ヘルライダーかもしれません」
 うんうん、そんな雰囲気の奴だった。
「だからな、神殿騎士たちの内臓を引っこ抜いたやつは、別だろうなって思ったんだよ」
「……たしかに、違和感がありますね」
「だろ?」
 ああいう機動力のある奴らが、わざわざ何百人も腑分けするだろうか。それが、俺とガウリーが変だと思ったところだ。
「もっと陰湿で神経質な、頭のおかしい変態だろうな」
 そういうタイプのアンデッドに心当たりはあるかと、暗に訊ねたが、ガウリーは首を横に振った。
「少なくとも、私の知識にはありません。おそらく、特異個体でしょう」
「だよなぁ」
 そうすると、その特異個体が単体で、神殿騎士二個大隊以上を潰走せしめたことになる。ヤバすぎる。
(もしかして、俺が街道を徘徊していると思った強いのって、デュラハンじゃなくて、こっちの奴だった?)
 当時の感覚を思い出そうとするが、俺にはアンデッドを気配だけで個別に認識できるほどの力はない。せいぜい、比べてどっちが強いか、わかる程度だ。
「そういえば、詳しく聞いていなかったけど、神殿騎士の第何大隊って、どんな部隊なんだ?」
「主に、各地の教会の警備や、巡回神官の護衛が任務です」
 ガウリーによると、第一大隊はロイデム大神殿の警備、第二大隊は王城にある聖堂の警備、第三大隊は王都の教会と墓地の警備、第四から第七大隊が地方教会の警備を担当しているらしい。
「ガウリーがいた、第八大隊は?」
「エマントロリア遺構、という場所をご存じでしょうか? そこの警備です。敷地は広大で、いまだに発掘されていない部分もあるそうです。古代に栄えたという文明の名残なのですが、そこでは日常的にアンデッドが出没します。それで、一部かもしくは大部分が墓なのではないかと、考古学者たちは考えているようです」
「なるほどなー」
 んー、なにかのイベント地っぽいな。今度サルヴィアかメロディに聞いてみよう。
「てことは、だ。アンデッドと一番実戦慣れしているのが、第八大隊?」
「おそらくそうでしょう。第四から第七も、アンデッドの情報が出ればすぐに駆け付けていたはずですが、どちらかと言えば教会の警備や神官の護衛が、主な任務でしたから」
 定期的にアンデッドと戦っていたから、ガウリーは強いし、ミルバーグ村でも落ち着いて対応できていたのか。
(よく考えたら、この国で一番、対アンデッド戦に強い人じゃないか!)
 ありがとう、大神殿。ガウリーを手放してくれて、本当にありがとう。代わりに俺が使い倒すわ。
「第八大隊を使おうとは思わなかったのかな。ほら、ガウリーに命令できただろ?」
「第八大隊に、手柄を立ててほしくなかったのではないでしょうか。そもそも、普段からアンデッドが出るエマントロリアを、手薄にするわけにもいきませんし」
「ああ、そうか」
 結果的に壊滅という大敗北になったが、王都のロイデム大神殿はブランヴェリ領の状態がそこまで悪いとは思っていなかったのだろう。俺だって、神殿騎士と神官で構成された軍が手も足も出なかったなんて、信じられなかったし。
「選抜と言えば聞こえはいいですが、臨時で寄せ集めた部隊では、指揮系統に不安があります。士気にもバラツキがあるでしょう。昇進がチラつけば、勇む者も出るでしょうし」
「わかる気がする」
 くたびれたのか昼寝モードになったノアを抱えながら、俺は少し曇った空を見上げた。
(敗因のない敗北はない、か。単純に敵が強すぎた、ってだけじゃなさそうだ)
 それでも、敵が強いことに変わりはないだろう。慎重に行動しないと。
「撤退した遠征軍は、まだ国境にいるかな?」
「そうですね……おそらく、いないと思います。私は、辺境伯のお人柄を知らないのですが……」
「ああ、そうか」
 ブチ切れたリグラーダ辺境伯が、領地の浄化のために旧国境付近から出ることを禁じた可能性もあるのか。
「ですが、怪我人の護送などで、ほとんどいないと思います。残っていたとしても、監視役や浄化の指導役くらいではないでしょうか」
「そうだよな」
 三割も残らなかったらしいし、そのほとんどは怪我人か、後方支援の非戦闘員だろう。うーん、壊滅という言葉がぴったりだな
 しばらくすると浄化範囲の端に来たのか、ブランヴェリ印の騎士が俺を呼びに来た。俺はスヤスヤなノアをクッションの上に乗せて、荷馬車を下りた。
「だいぶ近付きましたね」
 花畑は終わり、血に汚れてはいるが、平らな石が敷き詰められた道が現れている。並木の向こうでは畑の中に民家が増え、進行方向にはハルビスの町の入り口が目視できた。
「……瘴気は濃いですが、強いアンデッドの気配はありません。油断はできませんが、とりあえず大丈夫だと思います」
「わかりました。このまま進みます」
 俺はいつものように浄化をして慰霊碑を設置すると、行軍をトマスさんに任せて荷馬車に戻った。
(……無事に終わるといいんだけど)
 そんな俺の願いを嘲笑うかのように、ハルビスの町で待っていたものは、俺たちの意気地をへし折ってきた。
「…………」
「な、んだ……これ……」
 ハルビスの町の中心、役所やギルドの建物が並び、市場が立つ広場。戦争が始まるまでは、交易の荷馬車や商人たちが行きかっていた広場に、そのモニュメントは建設されていた。
「……やっぱり変態だ」
 俺は絶句している騎士たちの間を抜け、大量のハエが飛び回る、その悪趣味なモニュメントを見上げた。
 首のない死体は丁寧に内臓が抜かれ、串に刺して焙り焼きに。中に詰め物をされたのか、パンパンに膨らんだ腹を抱えるような姿勢で、こんがり焼かれているものもある。それらの中心に聳え立つのは、自らのねじった腸を捧げ持つ女や、本来首がある場所に生殖器を差して自分の下半身を背負わされた男、眼球がない男たちが覗きこんでいるのは、眼球が煮込まれた鍋……。
 それらはまさに塔のように寄せ上げ、積み上げられ、一番上には団子のように串刺しにされた生首たちが、恨めし気な声を音もなく上げている。
「さて。どうやって片付けたもんかな」
 どの死体も腐ってカビが生えて蛆が湧き、鼻が曲がるような酸っぱい臭いが出ている。這いずる臓腑の時もひどかったが、嗅ぎなれる臭いじゃない。
「街中でノアの魔法を使うわけにもいかないし、薪を積んで燃やすしかないかな?」
「それが一番でしょう。すぐに準備します」
 頼もしいトマスさんが、きびきびと指示を出して、あちこちから廃材や油が集められてきた。そういえば、難民キャンプに移動する前は、サルヴィアを迎えるためにブランヴェリ家の騎士も半分くらいハルビスの町にいたし、色々詳しいのかもしれない。
 俺も手伝おうとしたんだが、ノアが起きだしてきたので、背負って旧国境検問所まで様子を見に行った。念のため、隠密のケープをかぶる。門の向こう側で、大神殿の監視員が索敵スキルを使っているかもしれないからな。
「……ずいぶん激しかったんだな」
 前回、ここを通った時とは比べものにならないほど、辺りは荒れ果てていた。凸凹になった地面にも、壊れた建物の壁にも、血の跡と思われる赤黒い染みが残っている。
 旧国境検問所の扉は、内側は壊れていた。そして、外側の扉は、むこう側から板が打ち付けられているようだった。俺は意地が悪いので、浄化範囲をこの町ギリギリに設定している。この扉の向こう側……リグラーダ辺境伯領までは、浄化していない。
(とはいっても、これで瘴気の流入が少なくなるだろうから、むこうもすぐにわかるだろうな)
 この扉を直すことも、今回の遠征目的のひとつだ。
 俺は踵を返して、みんなのところに戻った。
「どうだ、ガウリー?」
「そろそろ準備が完了しそうです」
 俺は隠密のケープを仕舞うと、ノアと一緒に水分補給を済ませた。
「大事な玩具を壊された奴が、怒って出てくるかもしれない」
「ええ。気を引き締めて臨みましょう」
 俺はトマスさんの所に行き、もしこの悪趣味なモニュメントを作ったアンデッドが出てきても、倒そうとしないで自分たちの守りに徹してほしいと伝えた。
「俺とノアがアタッカーです。場合によってはノアの大魔法が出るかもしれないので、巻き込まれないように、それだけ注意してください」
「了解しました。我々のことはお気になさらず。元凶の討伐をお願いいたします」
 ブランヴェリ家の騎士たちは教育が行き届いているので、隊長のトマスさんの指示にすぐ従って、キッチリと動いていく。いつ見ても、すごいなと思う。
「点火!」
 号令一下、松明がくべられ、薪を組み油が撒かれた腐肉の塔は、一瞬で炎に包まれた。カビと腐肉が焼ける臭いと、油が燃える臭いが充満したが、あのままにしておくよりもずっといい。
(どうか、安らかに)
 彼等のほとんどは、大神殿の思惑なんて知らなかっただろう。怖い思いをしながら殺され、こんな風にさらされるほどの罪はなかったはずだ。せめて、アンデッドにならないように……。
「ンマァァァッ!! なぁんてことでショォーーー!!」
 音階の外れた男の声に、俺は悟りの聖杖を構えて叫んだ。敵の位置を把握するのはガウリーの役目だ。
「ブレッシングシャワー! ライオンハート!」
 狂気と恐怖を防いだ騎士たちは、俺たちの後ろでしっかりと踏みとどまった。
「ヤァァダ、もォォォーーー! せっかくのビュッフェが台無しじャナイノォ!」
「イラつくしゃべり方だな」
「たー、あしょこ」
 ガウリーが睨み、小さな手が指差したのは、商業ギルドの建物の上だった。
 そこには、夜会服を着てくねくねと身悶えている金髪の男と、ウサギのヌイグルミを抱えた女の子がいた。
「誰だ、お前。ここはブランヴェリ公爵の領地だぞ」
「あら、イヤだ。アタクシとしたことがッ」
 オーバーなアクションで額を押さえた男は、ニイィッと唇を引き上げて、白塗りの化粧を歪ませた。
「アタクシはコープス伯爵。お見知りおきイタダクワんっ」