第七幕・第二話 若村長と神々の加護
俺のステータスに干渉があったことが分かったのは、隷属の首輪からガウリーを解放し、リューズィーのダンジョンから村に戻ってすぐだ。
目的を果たして帰ってきた俺たちを、サルヴィアとジェリドは労わったり祝ったりしてくれたが、ガウリーに背負われて帰ってきた俺を見て、すぐに目を三角にした。 「悪い、話はあとで……ちょっと休ませてくれ」 唇にぎゅっと力を入れて、ぷーっと頬を膨らませながら、俺にしがみついて離れないノアと一緒に、その後半日ほどだらだらとうたたねして過ごした。 「寂しかったのか?」 そう聞いてみたが、ノアはむくれた顔のまま、ぶんぶんと首を横に振る。 「かいじぇるよりえらそーなの、きらい。たーは、のあのだもん」 「ぅえ?」 カイゼルより偉そう? ……ああ、もしかして、ノアはリューズィーの気配を感じられるのか? (そういえば、あの時、偉そうな声が聞こえたな) 人のことを面白がりやがって……と、何気なくステータスを開いた俺は、すぐに閉じた。 「ノア、俺ちょっと寝るわ」 「うん」 リヒター(24歳) レベル:57 職業 :農民 天賦 :【聖者の献身】 称号 :【優しい若村長】【神罰の代行者】【コッケ道】【魔王の保護者】 【神々の均衡点】 能力 :【空間収納】【水神の加護】【女神の加護】【身代わりの奇跡】 特技 :農作Lv7、牧畜Lv5、果樹栽培Lv1、回復魔法Lv8、神聖魔法Lv10 神獣召喚Lv10、マナ励起Lv5、魔力増強Lv3、布教Lv5、行軍Lv2 水流魔法Lv1 武勇 :31 統率:45 政治力:45 知略 :57 魅力:84 忠誠心:83 【幸運】が消えて【水神の加護】になっているのは、なんというかリューズィーらしい気もするが、【神々の均衡点】って称号は何なのかな。俺はそんなものになった覚えもないし、なるつもりもないし、そんな風に呼ばれるのは、はなはだ不本意である。 (水流魔法ってなんだろな。水魔法とは違うのか? まあ、飲み水がない所で水が出せたら便利だな) とりあえず現実逃避をして、ぷくぷくもちもちした可愛いノアと一緒に昼寝を決め込み、消耗した心身の回復に努めた。 リューズィーからの加護ももらったが、女神からの加護も変わらず、俺の神聖魔法はきっちり効果を出した。瘴気の浄化のために留守にすることが多いので、畑仕事での加護はイマイチ感じにくいが、手応えが無くなっている様子はない。 メロディの【分析】によると、二柱からの加護のおまけなのか、精神攻撃に対する完全耐性がこっそり付いたらしい。俺としては嬉しいが、おまけってレベルじゃねーぞ。たしかに、女神と水神の加護があるのに洗脳とかされちゃったら、コケにされた神様たちの方が激怒しそうだし、必要かもしれないけど。 「わたくしにも、リューズィー様からご加護をいただけたようなのです!」 「サルヴィア様に教えてもらったのか? よかったな、キャロル」 「はいっ」 そうキャロルは嬉しそうに話すし、俺としてもめでたいと思う。キャロルはリューズィーの神官になったのだから、これまでの信仰が報われてよかった。 「【水神の加護】の効果ってなんだ?」 「水神リューズィーが司るのは、破壊と刷新。わかりやすく言えば、水系の攻撃魔法にボーナスがつくことがひとつ。もうひとつが、改革案や新しいものを生み出すことに、成功ボーナスが付きやすいわ」 サルヴィアの説明に、俺は頷きながらも聞き返した。 「ふたつめが、ちょっと難解だな。すごく限定的じゃないか?」 「……具体的に言うと、革命とか、新興勢力の勃興とか、伝統の破壊とか」 「一気にきな臭くなったな」 「そういう神なんですもの」 リューズィーの意識に一瞬触れた感じだと、なんというか、もうちょっと軽いというか、その場のノリで行動する性格に感じたけどな。少なくとも、反体制っぽい独特のヒステリックさはなかった。 「ハードロックが好きで、大型バイク乗り回している元気じいさん、って印象だったぞ。意外とモダンアートに詳しくて、一家言ありそうな」 「リヒターの感性にかかると、水神リューズィーも形無しですわ」 サルヴィアには呆れられたが、水神信仰を奨励していくうえで、ちょっとした方向性が出た気がする。芸術活動を盛んにして、リューズィーに捧げる祭りにしてはどうだろうか。人も集まるし。 「リューズィーの名を冠した、芸術フェスを開催したらどうだ? 音楽堂なんて建てたら、文化のランドマークになるんじゃないかな」 「いい考えですわ。本格的に統治が始まったら、イベントの第一候補にします」 うんうん、文化活動を盛んにするのは良いことだ。 「なあ、キャロル。水流魔法って、どんな魔法?」 「水魔法から派生する、上位魔法ですわ。氷結魔法とは違い、凍らせることはできませんが、たくさんの水を自在に動かすことが出来ますよの」 「なるほど」 それは使い勝手が良さそうだ。 「リヒター? あなた、聖者がしてはいけない顔をしていますわ」 「えっ、俺は聖者じゃないし」 「屁理屈をこねないでくださいまし。【神々の均衡点】なんて、世界の臍みたいなものではございませんの」 「それを言うな。なりたくてなったわけじゃない」 一人の人間が二柱の神の加護を宿しているなんて知れたら、どんな騒ぎになるかわかったもんじゃない。 「くれぐれも、俺を隠してください。よろしくお願いします、サルヴィア様」 「自分が隠れる場所を、頑張って浄化するのよ、リヒター」 「サー、イエッサー」 そんなわけで、俺は自分の身を護るために、初志貫徹、公爵領の瘴気浄化にいっそう励むことになったわけだ。 さて、森の中を浄化するにしても、迷子になってしまうといけない。 でもそこは優秀なジェリドによって、抜かりなく準備されていた。南北路に置かれた女神像や石碑に、北から順番に番号が振られていて、そこから東西に向かって、浄化半径分のロープを渡してもらった。これで、だいたいの方角を見失わないで、浄化を進めることができる。 「南北路周辺だけで、よろしいのですか?」 すっかりお供の位置に落ち着いたガウリーに聞かれて、俺はうなずいた。 「あんまり広がり過ぎても、浄化玉への魔力供給が追い付かないし」 それに、思いもよらない場所から、リューズィーの村とダンジョンを見つけられても困る。旧王都シャンディラのビッグアンデッドを倒すまでは、瘴気に壁の役割をしてもらいたいんだ。 「しかし、相変わらず生気のない村だな」 ついに、森むこうのミルバーグ村まで、浄化の範囲を広げることが出来た。慰霊碑を置いて、女神と水神の連名で慰霊の祈りを捧げて、ようやく森の中と同程度には安定した。これくらいなら、冒険者たちの前哨基地として使えるだろう。 ちなみに、あの時の神殿騎士たちは、完全に地面と一体化してしまったか、喰われたようで、鎧の残骸が落ちているくらいしか痕跡がなかった。よかった、よかった、そのまま死んでいてくれ。 「ねーねー、たー。おんましゃん、いるかなぁ?」 「どうかなぁ」 キラキラした目で見上げてくるノアに、俺は期待が薄いことを伝えるのが心苦しい。せめて、今度『大地の遺跡』で、ブランヴェリ印の騎士たちの馬に触れあわせてもらおう。 「馬ですか?」 「この先のリルエルの町には、駅伝用の厩舎があるんだ。だけど、前回来たときは空っぽだった」 リルエルの町は、今回も軽い偵察だけで、俺たちは引き返すことにしている。というのも、ガウリーの装備がまだ整っていないからだ。間に合わせの剣と鎧でも、森の中のアンデッドや邪妖精程度なら蹴散らせたが、あの世紀末アンデッド・マーチを耐えられるはずがない。ノアが獲ってきた魔獣素材や、金鶏が産んだ金属卵を厳選して持っていったメロディが、ドワーフの鍛冶師に「イイ物」作るよう頼んでくれたので、それ待ちだ。 「うーん、なんか変だな」 「前回と、どこか変わっていましたか?」 「うーん、どこがどう、とは言えないんだけど……」 俺は頭をひねって、的確な言葉を探そうとしたが、やっぱり「雰囲気がおかしい」くらいしか言えない。 「街道、こんなだったかな?」 町の中を通る街道には、前回いたスケルトンすらいなくなっていた。あのアンデッドの群れに紛れて、この辺の不死者たちも根こそぎ行ってしまったんだろうか。 「まあいいか。またアンデッドの群れに遭遇する前に、さっさと帰ろう」 俺たちはミルバーグ村に接した森を浄化して、ひとまず帰還することにした。 難民キャンプに戻ってすぐに、俺はフィラルド様に呼び出された。 「ヴィアから連絡が来た。対応策はまだ協議中だが、ちょっと大変なことになっているようだ」 何事かと思ったら、旧国境検問所から無断侵入したせいで、リグラーダ辺境伯領に向かって、本格的に瘴気が流れ出してしまっているらしい。 ガウリーたちがこちらに来た時、ジェリドからの手紙に未確認情報だがという断り付で、そんなことが書いてあったな。 「やはり、辺境伯がしびれを切らしてのことだったのですか? それなら、自業自得ではないでしょうか」 「それがな……侵入したのは、大神殿が派遣した遠征軍だったそうだ」 「はい?」 それはつまり、俺たちにガウリーの……というより、えぇっと、あのキレ芸おじさんはなんていう名前だっけ? そう、バルツァーとかいう隊長だ。あいつらの対応を俺たちにさせている間に、本隊が正面突入してきたんだな。 「遠征に参加したのは、神殿騎士団の第四大隊から第七大隊の選抜で千余名。それと浄化と回復の為に、五十人からの神官団が同行していたらしい。総勢千二百名以上」 「え? でも、リルエルの町は、相変わらずでしたよ。街道は、なんだか前よりも静かになっていましたけど、浄化はされていませんでした」 大神殿が目指すとしたら、大量の資料が眠っているはずの旧ディアネスト王国の大神殿と、俺たちに見つけられては困るメラーダの栽培地があるシューガス地方の二ヶ所だ。だけど、そのどちらに行くにも、王都に向かう街道を通るはずだ。たしかにアンデッドの数は少なかったが、軍勢が行軍したような痕跡は見当たらなかった。 「……そうだろうな」 フィラルド様は俺を見詰め、なんとも言えないような表情をした。え? 俺なんかした? 「信じがたいことだが、遠征軍は国境のハルビスからそれほど出ることもなく、壊滅した。撤退できたのは、わずか三割にも満たないそうだ」 「はぁ!?」 だって、ガウリーたち六人ぐらいでも、シュリーカーが呼んだ群れをある程度耐えられたんだ。それなのに、千人以上いて壊滅なんて、どういうことだ。 俺は思わずガウリーを見たが、ガウリーも信じられないと言いたげに目を見開き、固まってしまっていた。 「もちろん、極秘情報だ。女神の加護が厚いはずの大神殿が、こんな無様をさらしたなんて、言えるはずがないからね」 フィラルド様は緩く首を振り、困ったねえ、なんて苦笑いしながら俺を見てきた。俺だって、どうすればいいかなんてわかんないです。 |