第六幕・第五話 若村長とダンジョンマスター


 翌日、俺たちはキャロルとエルマさんを村に残して、リューズィーのダンジョンにむかった。ノアが未発動のダンジョンコアと一緒に、リューズィーの眷属のスライムをぶん投げて出来たダンジョンだ。
 リューズィーの村から少し南に下った森の中に、地面に出来た裂け目のような入り口があった。
「おぅい、リューズィーのスライムいるー?」
 松明をつけて細くて急な坂道を下ると、暗くて広い空間に出た。足元には、スライムらしき魔獣が、ぽよんぽよんとたくさん跳ねているが、敵意もなく、のんびりした奴らなのか襲ってはこない。
「ヤット来タカ、ソンチョー!」
「いやぁ、呼ばれてないし」
「アト、すらいむハ余計ダ!」
 ぼよんぼよんと奥からやってきたのは、リューズィーの眷属。相変わらず、ビーチボール大の水色スライムだ。ただいつの間にか、なんか偉そうに短いドジョウ髭が生えやがった。ダンジョンマスターの自覚だろうか。言葉も前より流暢だし、それなりに力は上がっているようだ。
「吾輩ハりゅーずぃーダト、何度言エバ……」
「眷属の分際で、まだそんなことを言っているの」
「面倒くさいし、何か他の名前を考えたら?」
 メロディの言う事はもっともだ。うーんと俺たちは頭をひねり、まず髭を見たサルヴィアが。
「青髭?」
「なんだか猟奇的なイメージだな」
「じゃあ、色を変えてもらう? 赤とか」
ハイレッディン・バルバロッサ赤髭エドワード・ティーチ黒髭も海賊ですわ」
「強そうではあるが、イマイチ合わんな」
「白髭はサンタクロースだしなぁ……」
「サ・ン・タ!」
 俺のクリスマスな呟きに、メロディがバカウケしているが、放っておこう。
「あっ、カイゼルはどうだ? かっこいいし」
「いいですわね」
 こういう形の髭だ、と俺が教えると、リューズィーの眷属スライムのドジョウ髭が、立派なカイゼル髭に変わった。
「おおっ、いいじゃん、いいじゃん!」
「決まりだな」
「素敵ですわ、カイゼル」
「ムムッ、ソウカ?」
 むにゅん、と偉そうにそっくり返ったので、気に入ったようだ。
「カイゼル、実は頼みがあってきた」
「ナンダ?」
 俺はガウリーの首にはまった隷属の首輪を外すために、リューズィーの力を借りられないかと持ち掛けた。
「フム、デキナクハナイ」
「そうか!」
「タダシ、吾輩ヲぱわーあっぷシテモラワネバナラヌシ、報酬モ弾ンデモラウゾ」
「もちろんだ」
 ノアに(無理やり)ダンジョンマスターにさせられてから、カイゼルもそれなりに力をつけるべく、強力なダンジョンを作ろうとしたが、色々足りないものがあるらしい。
「魔素ハ大量ニアルカラ、イクラデモ拡張デキル。こあるーむハ完璧ニ隔離シタシ、階層ハ、スデニ五十階ヲ越エタゾ」
「すげぇな」
「ダガ、ソレダケダ! 圧倒的ニ、材料ガ、足リヌ!!」
「材料?」
 カイゼルが言うには、魔素だけでは、ダンジョンの中身を充実させることは難しいらしい。
「つまり、ダンジョンの外にある、人間や物、生物なんかの、見本や設計図がいるんだな」
「ソウダ。アト、魔法モ欲シイ。魔素ダケデ自然発生サセルトナルト、魔獣ガ生マレルマデ、何ヶ月モ何年モカカル」
「そりゃ気の長い話だ。そうか、お前がいるから、このダンジョンにはスライムがいっぱいいるんだな」
 なるほど、自然に出来たダンジョンには、浅い階層をねぐらにする野生動物や、探検する人間がいるから、なんとなく時間をかけて大きくなるのか。ここは魔素が多すぎるせいで、短期間に規模だけは大きくできるが、誰も入ってこないので中身がスカスカという……。だが、人為的にダンジョンの成長を早めることが出来るとわかっただけでも、いい情報だ。
「わかった。いろいろ持ち込もう。とりあえず、これをやる。前々から、ここで育てようと思っていたんだ」
 俺が傾国桃樹の種を渡すと、カイゼルは嬉しそうにばいんばいん跳ねた。
「ヨイゾ、ヨイゾ! れあ物ハ、力ガミナギル!」
「レアかぁ……ノアが獲ってきたもので、なにか渡せるかな? ノア、なにか欲しい物や、増えると嬉しい物あるか?」
 ジェリドに抱っこされているノアを見ると、金色の目がぱちくりと瞬いた。
「うーんと、ケロケロのおいけがほしい」
「ケロケロ……ジュエリーフロッグか」
「確かにレアですわ」
「きんけーがね、ケロケロいっぱいいるかわ、みつけたから、とってきたいの」
「なんですとぉー!?」
 すごい勢いで喰いついたメロディは、鼻息も荒く、ずいずいとノアに迫っていく。
「よし、ノアたん。私と一緒にケロケロを取りに行こう。私が一緒なら、ケロケロを入れる入れ物も用意できるからね!」
「ありがと、めろり!」
 わーい、と喜ぶノアの天使な笑顔。一匹で屋敷が建つ価格のカエルを養殖しようとする魔王だが。
「傾国桃樹にジュエリーフロッグですか。すごく旨味のあるダンジョンになりそうですね」
 やや呆れたようにジェリドは笑うが、俺としては傾国桃樹の一大ブランドになると嬉しい。国内生産数ナンバーワン、みたいな。
「ソレトダナ、信仰モクレ。女神ニ対抗デキルホド、りゅーずぃーヲ崇メ奉レ」
「なるほど。それは確かにそうだ」
 俺は【空間収納】にしまい込んでいた日誌を取り出した。
「リューズィーの村に住んでいた、神官のものだ。リューズィーを信仰する人たちが暮らしていた記録でもある。少しは足しになるか?」
「素晴ラシイ!!」
 カイゼルは日誌を自分の体に取り込むと、でろんと蕩けたり、しゃきんと髭を整えたりと、忙しく蠢いた。どうやら感動しているらしい。
「オオオォッ、吾輩、生キテテヨカッタ!!」
「そうかそうか」
 喜んでもらえて、俺も嬉しい。
「ウム、チョットコッチヘ来イ。ヒトツ下ニ降リルゾ」
 カイゼルがぼよんぼよんと移動するのに合わせてついていくと、下り階段があった。そこを下りきると、俺は眩しさに目を瞬いた。
「へ?」
「おおー、すごいじゃーん」
「外……ではありませんわね」
 そこは青空の下、森に囲まれた、小さな村だった。
「ここ、リューズィーの村だ」
「ウム。吾輩ニカカレバ、コノ程度、児戯デアルワ」
 カイゼルは得意げにそっくり返り、髭の先もビンビンだ。
「昼間ハ出テコヌナ」
 急に空が暗くなり、夜になってしまった。星明りだけが、ぼんやりとあたりを照らしている。
 するとどこかからか、俺たちとは別の気配が近づいてきていた。獣の息遣い、足音を紛らわせる草木の音。俺たちは円陣を組むように、自然と背中合わせになった。
「アレガ、吾輩ヘノ信仰ヲ喰ライオッタ、唾棄スベキ獣ヨ」
「ゥオオオオオォォォォン!」
 巨大な……そう、大熊よりも大きいのだから、通常ならば、巨大と言っていい黒狼が、いた。
「「月蝕狼!」」
 サルヴィアとメロディの声がかぶり、俺の前にガウリーの背が現れる。真赤な目がこちらをねめつけ、剥き出しの牙から飢えた唸り声が聞こえた。
「こいつがイベントモンスターか! ブレッシングシャワー!」
「風雪耐えし木の根が阻まん!」
 俺のバフとジェリドのデバフが発動し、月蝕狼が躓いたように動きを鈍らせる。その瞬間には、サルヴィアの短剣杖から小さな火球がいくつも飛んでいた。
「バレット!」
「ギャンッ!」
「レア落とせやァ!」
 メロディのラッシュがバンバンズバンと音だけを残して決まり、月蝕狼なる魔獣はさらさらと消えていった。
「ウム。ヤハリコノ程度デハ相手ニナラヌカ」
「ちょっとカイゼル、なにも落ちなかったんだけど!?」
「当タリ前ダ。出来立テほやほやナ試作ニ、結晶ナゾアルカ」
 メロディは頬を膨らませているが、俺としては上出来だと感心した。
「とっかかりがあれば、こんな短期間で作れるんだな」
「ソウダ。コノ地ハ魔素ガ多スギルカラナ」
 すっと闇が薄くなっていき、夜から昼の明るさに戻った。
「モウ少シ、信仰ヲ集メヨ。信者ガ増エレバ、吾輩ノ力モ高マリ、ソノ道具ヲ外セヨウ」
「わかった。そうだ、お参りやお供えをするための祭壇を、ダンジョンの一階に作っておいてくれないか?」
「オオッ、ヨイ考エダ。任セテオケ」
 カイゼルはさっそく祭壇作りに入ると言うので、俺たちはとりあえず、村に戻ることにした。
 ダンジョンの中で夜になったり昼になったりしたが、外の時間は一昼夜経っているわけではなさそうだ。
「ガウリー」
「はい」
 サクサクと森の落ち葉を踏みながら歩く俺は、堅苦しい神殿騎士の肩を軽くたたいた。
「ありがとな。盾も鎧もないのに、俺を護ってくれようとしただろ」
「いえ……」
 ノアが倒すような巨大魔獣を見慣れてしまったせいで、月蝕狼程度のサイズでは驚かなくってしまったが、通常の感覚なら十分に脅威と恐怖を感じていたはずだ。
 それでも、武装解除して、平服に上着のベストしか着ていないのに、ガウリーはあの場で一番弱い俺を背にかばってくれた。
 それが、身に染み付いた習慣だとしても、俺は嬉しかった。
「あなたは恩人です。護るのは、当然かと」
「そうか。そういう事にしておこう」
 こういう真面目で不器用ないい奴、助けたいなって思っちゃうの、仕方ないよな。