第六幕・第三話 若村長と見えない因縁


 大神殿の秘密を知ったばかりに、隷属の首輪をはめられた神殿騎士ガウリーの事を話すと、メロディは目を眇めて溜息をついた。
「まぁだそんなブツが存在していたとはねぇ。ああ、嫌なことを思い出すなぁ。南大陸にも、奴隷商がいたからさ」
「サルヴィアの【鑑定】でも、正規の手順での外し方しかわからないし、セントリオンでもご禁制らしくて、ジェリドも仕組みを知らなかったんだ」
「ふっふ〜ん、なるほど。それで、このメロディ様の知恵を借りたいと」
 メロディはそこの脂肪は落ちなかったらしい豊かな胸を反らし、得意げに何度も頷いた。
「よかろうともさ。『隷属の首輪』には、作成者によっていくつかバージョンがあるけど、なんとかなるでしょ」
「頼む」
「頼まれた」
 ちょうどメロディもサルヴィアに用があるらしく、一緒に来てくれることになった。
「三郎から連絡が来てね」
「あぁ、エルフィンタークにいるホープか」
「そそ」
 謎の行商人ホープの、三番目だ。学院時代のサルヴィアは、彼からアイテムを買っていたらしい。いまは、王太子とその婚約者の専属として、商いをしているそうだ。
「専属って……大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないよ」
 ケラケラとメロディが笑う。
 行商人ホープは、会うとランダムで、ちょっとした不運が起きる。例えば、買ったばかりの物を無くしたり、なんでもないところで怪我をしたり、タイミング悪く大量の仕事を押し付けられたり、とかだ。
 これは『フラワーロードを君と』のゲーム時代からの仕様のようなもので、主人であるメロディ以外の人間が彼に会うと、たいてい面倒くさいことが起こる。サルヴィアや俺はそれがわかっているので、折り込み済みな心構えが出来ているが、そうでない場合はストレスが大きいだろう。
「俺の時ですら、親玉に目を付けられて大量のアンデッドが押し寄せてくるし、戦闘機並みのGで窒息しそうになったのに、毎日のように顔を合わせて買い物をしていたら、そのうちストレスで禿げるんじゃないか?」
「むしろ、それでよく生きているな。すごいぞ、リヒター」
 そんなところを感心されたくないんだが。まあ、転んですりむいた程度だと、俺だとすぐに治してしまうからな。ちょっと大げさなのかもしれない。
「明日、鉱山まわりの浄化をしたら、すぐに行こうか」
「わかった。ああ、そうだ。転移スクロール売ってくれ」
「毎度ありー」
 俺はコッケ達と一緒に、メロディの屋敷に一泊世話になることにした。あー、久しぶりに一人でゆっくり浸かる風呂が気持ちいい。村ではサルヴィアたちが作ってくれることもあるけど、どうも落ち着かなくてさ。早く、毎日ゆっくりと風呂に浸かれる生活になりたいよ。
 もちろん、泊まらせてもらったのは本館の方だ。別館は、やっぱりお酒大好きなドワーフたちが酒盛りをしていて、夜中まで賑やかだったからな。


 翌日、俺とメロディは鉱山予定地を歩き回って、とりあえずの足場は確保した。
「俺の浄化と、メロディの浄化玉での浄化は、反発とかないんだな」
「当たり前。『さっぱり浄化玉くんDX』に刻んだ浄化魔法は、リヒターの魔法が元になっている」
「じゃあやっぱり、神官が使う本来の浄化魔法とは少し違うんだな」
 北の森を抜けた先のミルバーグ村で見た、神殿騎士や神官たちの様子を話すと、メロディは心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
「はンッ。技術を独占しているから、そういう事になるんだよ。秘匿するべき財産としての情報と、公共の利益って、別物だけど重なる部分もあって、そういうのは優先順位や価値の交易ってものがある。だいたい、神殿が率先して浄化をしに来ていたら、そんなことにはならなかった」
「たしかにな」
 知識チートを用いた便利道具を開発し、南大陸で広く普及させたメロディが言うと説得力が違うな。
 南大陸にも浄化の魔法があるのかと思ったが、気候や宗教観が違いすぎて、そもそも瘴気の概念が希薄らしい。似ているものがなくはないのだが、むこうではマナが負に偏るのではなく、正に偏り過ぎる、「焦気」という状態に悩まされた歴史があるそうで、どちらかというと鎮静の魔法という雰囲気だ。
「リヒターの浄化魔法なら、焦気も掃えると思うんだよね。たぶん、根本的な考え方が、どっちの大陸とも違うんだよ」
「それぞれに特化した魔法があるなら、それでいいじゃないか」
「ノンノン。こういう知識は蓄えて、備えてこそ。対応策がひとつだけというのは、危機管理上不足と言っていいんだ」
 ジェリドは【大図書館】という知識系能力アビリティを持っているが、メロディは【識者】という称号を持っていると、少し自慢げに教えてくれた。前世でも有名大学を出ているらしく、知識の運用という点でも柔軟で、見かけによらない教養の豊かさだ。
「種類は少ないけど、南大陸にもアンデッドはいるよ。でも、アンデッドよりも、邪妖精や悪魔系の方が多いかな」
「ところ変われば、必要な魔法も変わるな」
「そうね」
 鉱山予定地で遭遇した魔獣は、メロディとサンダーバードが狩ってくれたが、それでもまだ、生息数は多そうだ。調査にせよ、発掘にせよ、護衛は必須だろう。
「こっちにも冒険者が来る予定があるってエリックさんが言っていたから、そんなに心配はいらないよ」
「そうか。サルヴィアの根回しは隙がないな」
「そうでなきゃ、公爵なんてできんのでしょ」
 たしかに、メロディの言うとおりだろうな。仕事ができる人ほど、根回し上手だっていうし。
 ドワーフに続いて、南大陸からも、まだ人が入ってくるだろう。サルヴィアにウィンバーを任されているエリックさんは、当分忙しくなりそうだな。

 二人と二羽が揃って『大地の遺跡』にたどり着いたのは、もう昼をだいぶまわってからだった。
 遺跡内の転移魔方陣がある場所の扉は、『フラワーロードを君と』シリーズの主要人物でなと開かないようなので、メロディが使う時には、俺かサルヴィアかノア、それかホープの誰かが一緒でないと、出入りできない。少し面倒だな。
 とりあえず、この機会に挨拶だけはしておこうと、俺はメロディをフィラルド様のところへ連れて行った。メロディは面倒そうにしていたが、フィラルド様の前では、びしっと帝国風の敬礼をしてみせて、かつての威風を感じさせた。
「サルヴィアより聞いている。貴殿が作った魔道具のおかげで、この地の復興に弾みがついた。多大な協力に感謝する」
「もったいないお言葉です。私も現在はこの地に住まう者ですから、当然のことをしたまでです」
 それから一言二言交わして俺たちは下がったが、メロディはどことなく意外そうな表情をしていた。
「どうした?」
「うーん、サルヴィアのお兄ちゃんって、あんまり種族差別しないんだなって」
「ああ。……フィラルド様は、特にそうかもしれないな。貴族っていうより、研究者な人だから。他のエルフィンターク貴族は知らないぞ」
「わかってるよ」
 フィラルド様はむしろ、ダークエルフと人間の区別がつかない……興味がないからよく知らない、という可能性すらある。もし、こちらの大陸にはいない種族だと知ったら、「キミらの種族が暮らす所には、どんな鳥がいるんだい?」って言い出しかねない。うん、すごく言いそうだ。
「さて、挨拶も済んだし。我らがリューズィーの村に、ご案内しましょう」
「楽しみだねぇ」
 俺たちは森の中へ分け入り、落ち葉をサクサク踏みながら、村へと急いだ。

「ただいまー。メロディ連れて来たぞー」
 村の敷地に入ると、シームルグとサンダーバードが鶏舎に向かって飛んで行き、それを追いかけるように、ノアと遊んでいた金鶏も走っていく。
 残されたノアはというと、俺に「おきゃえり」と言いかけたまま、口をぽかんと開けている。
「ただいま、ノア」
「お邪魔するよー」
「……めろり?」
 こてん、と首を傾げたノアだが、その気持ちはよくわかる。ノアは初めてメロディの姿を見るはずだが、なんというかインパクトがな。アイアーラたち巨人の末裔マグヌムほどではないが、メロディも俺より背が高いし。
「そうだぞー、ノアたん。今日はなんの魔獣を狩っていたんだい?」
「あのね、おっきなつのがある、おっきなおにく」
 また未知の大型魔獣を狩っていたらしい。メロディは相好を崩して「そうかそうか」とノアを撫で繰り回しているが、俺はノアのリュックや手提げを確認するのが怖いわ。
「ノア、メロディを大きいお家に案内してくれ。俺はコッケ達のお家を見てくるから」
「うん、わかった」
 とてとてと歩いてくノアを悠然と追いかけるメロディと別れ、俺は鶏舎の様子を見に行った。エルマさんにお願いはしていたが、道を作るために半月以上留守にして、その後すぐメロディの所に出かけてしまったからな。
 古い鶏舎に目立った破損はなく、きれいに掃除されていた。水も餌も用意されている。エルマさんは自分で「うちは貧乏貴族でしたよ」などと言うが、家事はもとより、こういった家畜の世話まで一通りできるので、第二王妃様の侍女になる前の暮らしは、庶民とあまり変わらなかったのかもしれない。
「いつも助けてくれて、ありがとうな」
「コッコッ、コッ……」
 俺の【身代わりの奇跡】のせいで神獣になんてなってしまったが、このコッケ達がいなかったら、俺たちの魔境での生活は、もっと厳しいことになっていただろう。生まれたばかりのヒナだった頃が、ずいぶん昔に感じられる。そういえば、ヒナだった三羽を入れていたカゴは、リッチに襲われた時に壊れてしまったんだったな。
(俺は、なにを犠牲にしたんだろうな)
 コッケ達を神獣にするほどの奇跡を起こすために、俺は何を犠牲にしたのだろうか。
 サルヴィアをかばって、リッチの攻撃を受けたことは覚えている。それはきっと、俺なんかは一撃で死んでもおかしくないほどの威力だったと思う。実際、サルヴィアがすぐにポーションで回復してくれなかったら、生き残れても状態はかなり悪くなっていただろう。
(あの被害があったからの奇跡……? 消費されても回復はいいのか? あれ? そもそも……)
 うん? なにかいま、閃いたような気がしたが、捕捉する前に頭の中から消えてしまった。
「コケッ」
「ああ……すまん。まぁ、考えても仕方がないな」
 撫でる手が止まったことに不満を訴えたサンダーバードに笑いかけながら、俺は青紫色に光を弾く、温かなこげ茶色の羽毛を撫でた。
 起こってしまったものは戻せないし、これからも【身代わりの奇跡】を使おうなんて思わない。考えるだけ無駄だろう。
 俺はひととおりコッケ達と触れ合うと、もう一度鶏舎のチェックをしてから、みんながいるはずの、一番大きな家に向かった。