第六幕・第一話 若村長と港町


 俺を探しに来た神殿騎士のパーティーを壊滅させたが、なりゆきで、そのうちの二人を助けることになった。
 新米神官のキャロルは、元婚約者が流した噂のせいで家を追い出された元男爵令嬢。大神殿の秘密を知ってしまったせいで役職を剥奪され、奴隷扱いを受けていた神殿騎士のガウリー。
 二人とも、俺を害そうとする意志はそもそもなかったし、どちらかと言うと厄介払いに消されそうになっていた方だ。
(助けたからには、身の振り方を考えてやらないとなぁ)
 キャロルはこれまでの心痛と疲労が祟ったのか、熱を出して寝込んでしまっている。こういう疲れに、回復魔法はあまり相応しくない。十分に睡眠をとって、自分自身で心の整理する、静かな時間が必要だからだ。
 婚約者の心変わりから始まって、家族にも見放され、魔境でパワハラ上司に殴られ、アンデッドの大群に轢き潰される手前で助かったのだ。これまで大切に育てられてきた、まだ十三歳の女の子には、ハード過ぎる経験だろう。
「殴られたところが、こぶになっていましたわ。顔に傷が残らなかったのはよかったけど、あやうく死んでしまうところよ。それに、歩きすぎたせいで、足の皮が破けて血だらけになっていましたわ。痛かったでしょうに、ろくに手当ても出来なかったのね」
 彼女に関しては、サルヴィアが全面的にフォローすると意気込んでいて、もちろん俺はそれを支持する。半分血のつながった妹で、『フラ君V』の主人公でもあるマーガレッタが絡んでいるとなると、心穏やかにいられない気持ちはわかる。
 ガウリーだが、まず彼の言動を縛る、隷属の首輪をどうにかしないことには、話にならない。知ってしまった大神殿の秘密をしゃべれないどころか、場合によっては、心ならずもこちらを攻撃するような事態に陥ることもありえる。
「とにかく、大神殿の勢力から隔離して、その間にどうにか方法を見つけるほかありません。セントリオンでもご禁制だったので、私もこのアイテムの仕組みについては、よく知らないのです。下手に弄って、装着者の生命を脅かしては不本意です」
「【鑑定】でも、正規の外し方以外はわかりませんわ。それと、取り付けた者の力量によって、かなり権限の幅が広がるみたいなの。油断できないわ」
「死んだと思ってくれているならいいけど、首輪を通じて、ここで生きていることがバレる可能性もあるか」
 ジェリドやサルヴィアでもわからないとなると、専門家を頼るしかないか。
「メロディの所に行ってくる。あいつなら、なにか知っているだろ」

 一晩ゆっくり寝たあと、俺は一人でウィンバーの町に行くことにした。ノアを半月以上も連れ回してしまったので、今回は金鶏と一緒に留守番だ。
「はいっ、お任せください!!」
 ノアの世話を任せたジェリドが、なんか妙に張り切っていたけど。
「いま、ウィンバーの町はエリックという者に任せているわ。亡くなったロディアス兄様の執事をしていた人で、領地運営の経験があるの。それから、できたら診療所に行ってみてもらえるかしら。海の魔獣も瘴気に当てられているみたいで、船が襲われて怪我をした人が何人かいるのに、効果の高いポーションの在庫がないのよ」
「わかった。鉱山の調査も始めているんだろう? そっちの浄化もしてくるよ」
「お願いしますわ」
「あっ、そうだ。銀の卵を一個もらっていくぞ。転移スクロールを全部使っちゃったから、買い足しておかないと」
「コッケの卵は、そもそもリヒターの持ち物でしてよ。わたくしに断る必要なんてありませんわ」
 サルヴィアに呆れたように笑われながら、俺はシームルグとサンダーバードを引き連れ、まずは『大地の遺跡』へ向かった。
「リヒター! 無事だったんだね!」
 擦り傷や青痣を作ったアイアーラに大声で呼ばれ、俺は苦笑いを浮かべそうになった。つい先日、神殿騎士がうろついていたというのに、不用心というか、それだけ俺のことを心配してくれたのだろう。
「アイアーラさんも。お怪我は?」
「アタイは大丈夫さ。でも、何人か重症でね。ここまで戻ってくるのに、時間がかかっちまった」
 俺とノアが抜けた分、粘りがきかなくなって、不安定だったのだろう。大群に押し寄せられて、少しばかり被害が出たそうだ。
 俺たちは診療所に向かい、安いポーションで間に合わせようとしていた冒険者たちを治療してまわった。サルヴィアのポーションはよく効くし、難民キャンプにもあるていど卸しているのだが、いまは材料の入手が困難なせいで、節約中なのだ。
「ありがたい。これでまた動ける」
「傷は塞ぎましたが、血が流れすぎています。まだ熱が出るかもしれませんし。しばらくは、たくさん食べて、大人しく静養してください」
 さいわいなことに、死人は出なかったようだが、内臓が見えそうだったり、骨が見えそうだったりと、外科医がいない現状ではかなり危なかった。特に野外では、感染症の危険があるからな。やはり、ある程度森の中の魔獣を減らしてからでないと、街道の攻略は難しそうだ。
「神殿騎士は、どうなったんだい?」
「片付けました。ちょっとおまけが付いて、いまはその処理中です」
 さりげなく言ったつもりだったが、アイアーラには、なんだか痛ましいものでも見るような目をされてしまった。
「アイアーラさんたちは、すれ違ったんでしょう? どんな印象でした?」
「ああ、なんだか嫌な雰囲気の連中だったねえ」
 やっぱり道中もあの調子だったようで、特にリーダーの横柄さというか、こちらを見下した感じが、冒険者たちには不評だったらしい。
「森の向こうは、生物がいませんでした。街道には、騎士タイプのアンデッドが往来しているみたいで、ちょっとやそっとじゃ攻略できそうにありません。神殿騎士たちも頑張っていましたが、大量のアンデッドに轢き潰されました。青い炎の鬣の馬がチャリオットを引いた、すごく強そうなデュラハンとかいましたよ」
「あっちゃぁ。そりゃ難儀だね」
 さすがに『赤き陣風』だけでは無理だと、アイアーラも髪の短い頭に巻いたバンダナ越しに額を撫でまわした。それでも、北の森にはまだまだ魔獣がいるので、たくさんの冒険者が集まるまでは、『大地の遺跡』を拠点にして稼げるだろう。
 ただ彼女たちは、これから冬が厳しくなる前に、一度セントリオン王国に帰るそうだ。ここでは、装備の手入れも本格的にはできないからな。むこうで、ブランヴェリ公爵領がいかに儲かるか、大いに宣伝してほしいと思う。
「こっちの方が暖かいからね、雪が解ける前に戻ってくるよ」
「お願いします」
 俺はアイアーラと別れると、転移魔方陣を使って『風の遺跡』に飛んだ。
「うん、浄化範囲は安定しているな」
 こっちに来たのは一ヶ月ぶりくらいだが、ピラミッド型モニュメントに埋め込まれた浄化玉も、きちんと機能しているようだ。
 まずはメロディの屋敷に行ってみたが、いつの間にか、隣に別の屋敷が建っていた。一ヶ月でこんなにデカい家は建たんだろうに、どういうことだ。
「これは、リヒター殿。いらっしゃいませ」
「おっ……えーっと、一郎の方か」
「はい」
 いつもの行商人スタイルではなく、使用人らしいジレを着ているので、同じ顔をしていても、いま目の前にいるのは一郎ホープだ。一人で二つの屋敷を切り盛りしているのか、ずいぶん忙しそうだ。
「忙しいところ悪いな。メロディは?」
「申し訳ありません。主人は外出中でございます」
「……へ?」
 なんだかいま、すごく不可解なことを聞いた。外出中???
あの・・メロディが? 外出?」
「はい」
 そうか、町に人が入ったから、ついに服を買いに行く服を手に入れられたんだな。死にそうだったひきこもり過激派だとしても、気候が良くなれば、たまには外出する気分になることもあるだろう。
「夕方には戻ると思いますが、それまで当屋敷にてお待ちになりますか?」
「いや、町と港を見てくる。それより、この家はどうしたんだ?」
「主人が出したので、詳しい仕組みはわかりません。南大陸からお客様がいらっしゃっているので、ここを使っていただいております」
「ああ、そういうことか」
 メロディの知り合いの、ドワーフも来るって言っていたもんな。
「また夕方に顔を出すよ。邪魔して悪かったな」
「いえ。御足労をおかけして、申し訳ございません」
 俺は一郎ホープに手を振ると、見知らぬ人が行き来するようになった、ウィンバーの町へと降りて行った。
「はじめまして、エリックと申します。リヒター様のお話は、お館様よりうかがっております」
「はじめまして。公爵代行閣下には、お世話になっています」
 町役場に行ってみると、サルヴィアが言っていたエリックさんがいた。一番上のお兄さんの執事だったという事で、お父さんの執事だったレンバーさんに比べるとだいぶ若い。俺と同じくらいか、年上でもガウリーよりは若いだろう。オールバックに細い黒縁の眼鏡をかけていて、若手ビジネスマンといった雰囲気だ。
「浄化が足りない所はありませんか?」
「実は、いくつかの住宅にご遺体がありまして、建物自体は取り壊すことにしたのですが、慰霊式をした方が良いのではという案が出ております」
 アンデッドにはならなかったが、この町に残っていて瘴気で亡くなった人がいるらしい。共同墓地に慰霊碑を置きたいという事だったので、俺は二つ返事で請け負った。
「ただ、慰霊式をするにも、俺は神官じゃないから、簡単なお祈りの言葉しか知らないんだよなぁ」
 故郷の村での葬式では、巡回神官が作ってくれた、式次第やお祈りの文句が書かれたカンペがあったからよかったけど、さすがにそらんじてはいない。ミリア様やキャロルを連れてくるわけにもいかないし、彼女たちにカンペを作ってもらうしかないか。
「それから、鉱山の場所ですね。まだ調査の段階ですが、かなり広い上に、魔獣が出没するので、その都度お願いする形になってしまうと思いますが」
「わかりました。これから行きますか? それと、診療所にも行っておきたいのですが」
「助かります」
 俺はエリックさんに案内されて、町役場を出た。
 町役場からは港が一望でき、とても穏やかな風景を眺めることが出来る。階段や坂道の多いウィンバーの町の建物は、ほとんどがレンガとモルタルで作られていて、目にも鮮やかだし、風情のある街並みをしている。町にはぽつぽつと出歩いている人がいて、モニュメントの浄化玉にも触れていってくれているようだ。
「あれは、倉庫……いえ、船渠ドックですか?」
 港の端に、見覚えのない、巨大な建物が出来ていた。それも、桟橋をまるごとひとつ覆って、まだ余るほどの大きさだ。海岸を新しく掘って作ったのだろうか。
「ええ。南大陸から来た船が入っています。海の魔獣に襲われて、あちこち傷付いてしまっているんです。お館様とメロディ様が材料を持ってきたら、船に乗ってきたドワーフたちが、あっという間に建ててしまったんですよ」
「はぁ〜」
 アイアーラたち巨人族の末裔マグヌムのパワーにも驚かされたが、ドワーフの建築技術もすごいな。
「こちらが、診療所です。正直申しまして、医薬品も不足気味なので、とてもありがたいです」
「任せてください」
 病気の治療は無理だが、外傷なら大抵のものを治せる自信がある。俺はシームルグを呼び寄せて、サルヴィアにお願いされていた怪我人たちの治療に当たった。