第四幕・第二話 若村長と村の悩み
シームルグの指導のもと、俺はなんとかジェリドにかけられた呪いを抜こうとした。
そう、「解呪」ではなく、「脱呪」だ。 (呪いの対象は『聖女』で、それ以外は中間宿主的な足場に過ぎない) 中間宿主まで死に至らしめるので、まさしく呪いだ。 かけた呪術師も死んでいるので返すことは出来ず、触れるだけで伝染するから浄化さえ試せない。聖地の神官すら理を解して無害化することが出来なかったのに、それ以上のインテリジェンスを俺に期待するのは間違いだ。あと方法があるとすれば、封印……つまり、ジェリドを犠牲にするということ。 (それだけはできない) ジェリドを助けたいという素朴な気持ちがあることは確かだが、現実問題として、俺とサルヴィアにはジェリドの頭脳が必要なのだ。絶対に生き残ってもらわねば困る。 接触だけは絶対に避け、俺が持っている『聖者』という属性を餌に、呪いの致死的な部分を引っ張り寄せ、そのすきにジェリドの肉体を連続エクストラヒールで回復させる。 「押し返すことは出来たけど、あと一手が足りないな」 俺の回復魔法に呪いの効果が押し返されたせいか、ジェリドにこびりついている気配が、もがいているような気色悪い動きで暴れだした。面倒くさいから (おお。聖女を呪った呪術師が罪人扱いだから、イメージが効いたか。厨二病っぽく呪文が書かれた包帯のイメージをしなくてよかった。封印の呪帯を巻いた賢者なんて、サルヴィアには呆れられそうだし、メロディは馬鹿笑いするだろうし) ファインプレーだ、俺。【鑑定】や【分析】持ちを、侮ってはいけない。 「エクストラヒール……。根本治療には遠いけど、少しは回復できたかな」 とりあえずこれで、昏睡状態のジェリドの顔色も、だいぶマシになってきた。白いカビが生えて腐った木みたいな色から、人間の青白い顔色になっただけだけど。 「坊ちゃま……っ」 「呪いの浸食が始まった、右腕と右脚の端にまで押し返せたけど、これ以上は長期戦になりそうだ。何かいい方法を思いつかないと」 うーんと頭をかく俺に、シームルグが新しい魔法を提示してきた。持続的回復機構を備えた卵? 「うーむ……コクーン!」 するするとジェリドの姿を覆っていく光の帯が、やがて繭のように固まった。 あっ、これ、中にいるジェリドは、ちゃんと息できるんだろうな? 大丈夫? そうか。 「これなら、触って大丈夫? うん。ロータスさん、ジェリドを魔境に連れて行きます。できれば、一緒に来ていただきたいのですが……」 「わ、わかりました!」 俺は浄化で出かけることもあるし、お世話する人がそばにいた方がいいからな。 その日はロータスさんのお世話になって、ジェリドの家に泊めてもらった。 俺の一日は、コッケの鳴き声で始まり、それはここセントリオン王国でも変わらない。コッケの世話をして、ジェリドが包まれている繭の様子を見て、ロータスさんが作ってくれた朝食を食べたら、出発の準備だ。 「じゃあ、コンテナの中の俺たちが死なないように、安全第一で頼むぞ」 「コッコッ……」 当然だと言いたげなシームルグにベルトをかけて、コンテナの中にジェリドを繭ごと運び込む。ロータスさんは屋敷の施錠をして、おそらく本邸への手紙を出してから、大荷物を持ってコンテナに乗り込んだ。 「サンダーバード?」 「コケーッ」 速さと攻撃力に振り切った感じのサンダーバードは、コンテナの中で大人しくしているのは嫌らしく、外を飛んで行きたそうだ。 「じゃあ、シームルグが安全に飛べるように、露払いを頼む」 「コケッ」 まあ、シームルグの前に立ちふさがる度胸のある飛行生物が、航路上にいるかっていうと微妙だし、わざわざサンダーバードに向かってくる蛮族もいないだろう。 「それじゃあ、俺たちの村に帰ろう」 サンダーバードの羽ばたきに続いて、俺たちが乗り込んだコンテナを吊り下げたシームルグも、神々しい光をまき散らしながら飛び立った。 結論から言うと、シームルグに運んでもらった帰りの方が、早く着いた。何を言っているのか俺もよくわからないのだけれど、どう考えても不思議時空が働いたとしか思えない。 「どうして自転と逆方向に飛んだのに、反対に飛ぶよりも早いんだよ。しかも、全然揺れない快適な旅だった」 行きが戦闘機なら、帰りは大型旅客機の乗り心地だった。ただ、二羽で飛んだので、地上からはけっこう目立ったかもしれない。 「コケッ」 「サンダーバードが先行することで、諸々の抵抗を極限まで下げた?」 なるほどわからん。それで飛べるのか? 神獣(鳥)的にはいけるのだろう。というか、行きのサンダーバードも最高速度じゃなかったってことか。恐ろしいな。 「リヒター殿は、この鳥たちと話ができるのですか?」 「あー、なんとなく言いたいことがわかるというか、脳みそにダイレクトシュートされるというか」 「???」 念話とかみたいに、はっきり言葉がわかるわけじゃないんだけどな。 「神託を受けているような感じです。言葉ではないけれど、理解できるのです」 「な、なんと……」 詐欺理解というか、理解できるとはいっていない、みたいな感じなので、そんなに恐れ畏まられると、視線を逸らせてしまうじゃないか。 「それじゃあ、住居に案内します」 忘れ去られたリューズィーの村の中で、一番傷みの少なくて大きな家に、俺とロータスさんはジェリドの繭を運び込んだ。 「ここは魔境の中にある廃村です。近くに難民キャンプはありますが、この場所を正確に知っている人間は、いまのところ俺だけです。また、貴方たちはブランヴェリ公爵代行に、政治的に完全に保護されていますので、安心してください」 「ありがとうございます!」 その時、外から獣の咆哮のような音が聞こえてきて、ロータスさんは飛び上がるように驚いていた。 「えっ、なっ……!?」 「ただし、魔獣から保護されるとは言い切れませんので……慣れてください」 「は、はひ……」 サンダーバードの落雷と魔獣の悲鳴が聞こえたので、あとでドロップ品が落ちてないか探しに行くとしよう。 俺が子供の頃のノリで、秘密基地として建て直そうとしているリューズィーの村だが、問題があった。 「うーん、やっぱり変な味がするんだよなぁ」 それは、水だ。村の井戸から汲み上げた水が、飲み水に適していないようなのだ。 神聖魔法には、水をろ過して飲み水にする魔法がある。俺もそれを使えているはずなのだが、いくらやっても後味におかしな雑味が残った。辛みのような、えぐみのような、何とも形容しがたい味で、それは煮沸しても消えなかった。 「腐っているのとは違うし、金属臭でもないし……なんだろうな?」 万が一を考えて、飲み水には俺が持っている魔道具から出る水を使うようにしているが、それで賄いきれるものではない。いまは三人しかいない村だが、今後を考えると、なんとか解決しないといけないだろう。 「サルヴィアがいてくれたら、【鑑定】してもらうんだけど……」 「呼んだ?」 「ああ、セージ。これ……っわあ!?」 よっ、と片手をあげたサルヴィアが、もう片方の手をノアとつないで、いつの間にか俺の後ろに立っていた。 「びっくりした……」 「ただいま!」 「おかえり!」 上げられていた手に、俺も片手を上げて打ち付ける。ぱんっ、といい音がした。 「おきゃえりー!」 「ノアには、ただいま、だな。留守番お疲れ様」 「たー!」 早速ノアに抱っこを要求されたが、なにか他に興味が移ったのか、すぐに俺の腕から降りていった。 「よくここがわかったな」 「水神リューズィーの村だろ? フィラルド兄様が、リヒターが廃村を見つけたって言ったから、ピンと来たよ。ノアと金鶏に案内してもらった」 金鶏は、もうシームルグたちがいる鶏舎に行っているらしい。 「ジェリドは?」 「確保した。だけど、まだ呪いを完全に除去できていない。さすがに難しくて……」 「そうか……」 とりあえず、サルヴィアがもたらした情報に迅速に対応できたと思う。ただ、現状は芳しくない。 「長期戦を覚悟しているんだけど、この村にも問題があってさ」 「これ? ……あっ」 「ノア!?」 地面に置いてあった桶に、ノアが顔を突っ込むように口をつけて、ごくごくと飲み始めてしまった。 「こ、こらっ、ノア。この水、不味いだろ!?」 「待って、リヒター。この水、普通の水じゃないよ」 「え?」 俺はノアを桶から離そうとしたが、あれ? なんか、前にもこんなことがあったような? サルヴィアが自分で井戸から水を汲み上げ、その桶の中をじっと見つめた後、困ったように眉を寄せて俺に告げた。 「この井戸の水、魔素が混じっているみたいだ」 「へ?」 えっ、つまり、魔素水が湧いているってことか? 「あー……だから、ノアは平気で飲むのか」 「主食、なのかな?」 けぷ、と満足気に息を吐いて、ノアがようやく桶を手放した。 「ノア、この水美味しかったのか?」 「んー。おいちけど、びあのぽしょんのほうが、おいちいから、しゅき!」 「わあっ、そう? ありがとう! がんばって作るね〜」 ノアに褒められて、サルヴィアはデレデレだ。ノアが飲むのなら、水の問題は少し置いておくとしよう。 |