第三幕・第二話 若村長とダンジョンの危機
翌日、約束通りメロディに会うために、俺はノアをひっつけたまま、サルヴィアと一緒に『風の遺跡』へと飛んだ。
「あーあ。吹き飛んじゃっているな」 「この前の、瘴気が一気に来た事と関係あるかしら」 『風の遺跡』からメロディの屋敷までの道は瘴気に塞がれ、もう一度浄化しながら進むことになった。 難民キャンプには、少しだが職人も残ってくれていた。手に技術がある人は、亡命先でも食べていくことが比較的容易なため、難民キャンプに残るメリットはない。それでも、復興の力になりたいと残ってくれている人には、本当に頭が下がる。彼らが女神像や慰霊碑を作ってくれるからこそ、俺の浄化ペースも上げられるんだ。 「ま、ママ?」 「誰がママだ」 メロディの声は、あの肉塊から出ているとは思えないほど、涼やかな女性の声だった。 屋内文通からパーテーション越しの会話になったのは、たいした進歩だ。何か心理的な理由があって外に出られなかったのではなく、ただ単にものぐさなだけなのかもしれない。死の危険があっても動かないのは、さすがに呆れたものぐさ加減だが。 それはそれとして、俺を指してママと言うんじゃない。 「せめてパパにしてくれないか」 「余計な誤解を生むから、やめてくださいませ?」 いくら似ていないとはいえ、サルヴィアの言う通りだ。今後はスルーしよう。 「魔王ゼガルノアの分身体を引き寄せるなんて、前代未聞。この貫禄、保父さんじゃなくて、ママ。さすリヒ」 「コッケも神獣化しましたし、リヒターは色々おかしいですわ」 「そうかなぁ」 たしかに、いつの間にか称号に【魔王の保護者】が増えていたけれど。それと【コッケ道】を一緒にしていいものだろうか。 「ところで、分身体という事は、本体はまだ『永冥のダンジョン』にいるのね?」 「そう」 サルヴィアの問いに、メロディは即答した。彼女の能力【分析】は、【鑑定】の上位にあたり、より詳しく見ることができるそうだ。 「たぶん、本体はダンジョンから動けない。でも、この前『空の遺跡』に立ち寄ったでしょ? その時に、感知されたんだと思う」 「王都のビッグアンデットと同じか。そんなに俺は目立つのか?」 「目立つ」 これまたメロディは即答する。だが、その後に言いよどんだような、妙な沈黙が続いた。 「……」 「なにか、言いにくい事か?」 「あの……プライバシーとか、丸見えだから。向こうで死んで、こっちに来た理由とか」 「えぇっ!?」 「そんなことまでわかりますの!?」 「な、なるべくっ、見ないように、してるっ!」 椅子に座ったままジタバタしているのか、パーテーションの向こうでギシギシと変な音がする。椅子が壊れないだろうな。 「リヒターは覚えていない、と、思うけど、リヒターは、この世界に来る時に、犠牲にしたものが多い。それは、神っぽい存在の要請に応えたからで、だから、普通よりも、加護が厚い」 「なるほど。それでリヒターは、物質以上のものが見える存在にとって見つけやすいのね。不意打ちはできないけれど、囮には最適……」 「おい」 俺が対アストラル系の隠密行動に向かないのはわかったから、ナチュラルに囮にするとか言うな。 「それで、なんでノアは俺を頼ってきたんだ?」 俺は膝の上に座らせた赤毛頭を見下ろすが、ノアは昼寝モードでうとうととしている。いくら魔王とはいえ幼児であるせいか、言葉による意思の疎通が少々難しい。 「わ、私の【分析】によると、本体はとても弱っている。はやくダンジョンを攻略しないといけない」 「ここで『フラ君U』のリプレイか」 「スタンピードと瘴気の発生、が、関係あるかも」 瘴気の発生メカニズムとスタンピードとの因果関係は、ジェンに教えてもらった。でも、スタンピードの原因になったというダンジョンについて、俺には何の知識もなかった。 「そもそも、ゲームでは、魔王はどういう状態で、どんな理由があって主人公はダンジョン攻略をしたんだ? なんでダンジョンが、スタンピードの原因になったんだ?」 俺を見たサルヴィアが、何だか一瞬微妙な顔をしたのは、たぶん俺がダンジョン攻略をする『フラ君U』の登場人物だからだろう。ガワはリヒターだけど、俺は『フラ君』をやってないんだ。理由を知るはずないだろう。 「えっと、魔王とは言われているけれど、ゼガルノアは別に人類に敵対しているわけではないの。どちらかというと、『永冥のダンジョン』の委任管理者というか、長く住んでいる人、というあたりかしら」 サルヴィアによると、ゼガルノアは『永冥のダンジョン』の奥に住んでいるだけで、ダンジョンコアでもラスボスでもないらしい。 ゲームの設定では、『永冥のダンジョン』は魔素が噴き出す間欠泉のような物の上に出来ていて、その間欠泉が強すぎる魔獣を生み出し続けていた。普通のダンジョンなら、冒険者なり軍隊なりが攻略がてら魔獣を倒すことで、結果的に間引きになり、魔素濃度も高くなりすぎない。魔素濃度が低いままだと、強い魔獣も生まれない。だが、『永冥のダンジョン』はなぜか長年放置されていて、魔素濃度が高まり過ぎてスタンピードが起きそうになるのだとか。 「マナと魔素と瘴気は、別物だよな?」 「そうね。マナは自然にもわたくしたちのなかにも存在する、『なにものになるエネルギー』と言えるわ。魔素は、通常の人間には扱えない、『ダンジョンや魔獣などを生み出す素』。自然にも存在するけれど、ダンジョンに比べたら少ないわ。密度も低いし。瘴気は、マナが負に偏り過ぎたために変質したものよ。瘴気は基本的に魔獣を生み出すことはないけれど、アンデッドだけは別だし、魔獣を刺激して凶暴化させたりするわね。もちろん、人間にも有害」 「ダンジョンの魔獣は、魔素の結晶。倒せば、レアな素材に変化する。固まりきれなかった魔素は、世界に還元される」 なるほど。瘴気は元がマナだから、人間の俺でも対処が可能。だけど、魔素を直接どうこうすることはできないのか。 「ゲームでのゼガルノアは、積極的に人類を害しようとはしないけれど、自分の居住地の快適さを保つために、増えすぎた魔獣をダンジョンの外に出そうとするの。ダンジョンの外がどうなろうと、関心がないのよ」 「ああ、それで主人公がダンジョン攻略をして間引きしつつ、ゼガルノアに魔獣をダンジョンの外に出さないよう説得するのか」 やっと話が繋がって、得心がいった。情報って大事だな。 「じゃあ、いまのゼガルノアは、どういう状態なんだ? 分身体のノアを飛ばしてでも、誰かに知らせたい、非常事態ってことだろう?」 いまは俺の腹に頭をくっつけて、すやぴよしているが、ノアは緊急避難してきたゼガルノアなのだ。 「具体的な因果関係や、状況は、わからない。だけど、いまゼガルノアがいなくなったら、『永冥のダンジョン』が管理者不在になる」 「つまり、話の通じる相手がいなくて、ダンジョンコアを壊す以外に、魔獣が溢れているこの状況を止める手立てが無くなるの」 「ダンジョンコアを壊すとどうなる?」 「一般的には、ダンジョンが消滅して、この世界のどこかに、魔素を放出するための、別のダンジョンが発生する」 「でも、魔王が住むほど巨大な『永冥のダンジョン』がいきなり消えたら……」 「世界中でダンジョン発生祭りか、それとも超新星爆発のように跡地が吹っ飛ぶなんてことは……」 「その可能性はある」 俺のわりと突飛な予想さえ、メロディはあっさり肯定した。 「ゼガルノアが困るほど魔素が出ているのに塞いだら、きっとあちこちで大噴出。それに、ダンジョンの膨張しきったエネルギーが、反動で収縮したら……大陸ごと消し飛ぶかもしれない。もっとも、そんな状態のダンジョンコアを、人間が壊せるかどうかは、大いに疑問。だから、はやくゼガルノアを助けに行くべき」 「そうは言っても、いまの戦力で『永冥のダンジョン』の攻略は難しいわ。まずは王都にいるアンデットの親玉を消滅させて瘴気をなんとかしないと、ダンジョン攻略するための仲間を呼び寄せることもできないし」 サルヴィアの言う事も、もっともだ。魔境にいるのはアンデッドだけじゃなく、その前のスタンピードで溢れだした大型の魔獣も多いと聞く。 「ふっふっふ。そのために、私の力が必要。崇め讃えよ、『さっぱり浄化玉くんDX』ッ!! ばばーん!!」 「なんだその、トイレに置いておかれそうなアイテムの名前は」 パーテーションの布の隙間から、にゅっと突き出た肉付きのいい手に握られていた玉を受け取り、サルヴィアに渡す。 「トイレの除菌消臭剤言うな。リヒターにもらったヒントと、実際に浄化に使った石のおかげで、リヒター流の瘴気浄化の魔法を刻んだアイテムを作れた」 「あ、これはすごいですわ! わたくしが魔力を込めるだけで、魔法効果が得られそう!」 「その、とおぅーり!!」 パーテーションの向こうで、ギギギっと木が軋む嫌な音がする。 「いままでなにが難しかったって、そもそも神聖魔法を持っている奴が神殿に籠っている神官ばっかりでその辺にいなかったせい。それが我流とはいえリヒターが再現してくれたおかげで、だいたいの仕組みを魔道具に落とし込むことに成功したのは私の腕がいいから。あと材料の魔晶玉はガチャでいっぱい出て余っているから作り放題。三千個は余裕。材料費持ち出しだけど、そこは公爵家と仲良くするために、サービス、サービス」 すごい勢いでしゃべるメロディだが、息継ぎしているんだろうか。 「これを石碑でも銅像でもはめ込んでおくだけで、誰かが少しずつでも魔力を込めれば、自動的に瘴気を浄化してくれる。効果範囲はリヒターの『カタルシス』の八割程度。浄化の瞬発力は期待しないで。持続時間は、フル充填で一週間ってところかな。凡人が三十人もいれば、半分くらいはすぐに魔力補充できるでしょ」 「すごい高性能だな!」 これなら、俺が浄化した後に設置しておくだけで、充分にカバーできる。 「もっと褒めてもよくってよぉ〜〜!!」 「メロディにお任せしてよかったわ」 「本当に。これで復興が捗る」 「えへへへ」 メロディの照れた声にかぶさるように、ギギギギ、メキメキ、と嫌な音がする。本格的にヤバそうだ。 「浄化玉を入れた慰霊碑の量産に合わせて、早めに進軍ルートも決めないといけませんわね」 「俺は『大地の遺跡』のまわりを浄化して、農耕地の整備だな。材木はすぐに出来ると思うけど、キャンプに木を乾燥させる魔法を使える人はいるか?」 「木工職人の中にいると思うわ」 「わかった。それなら、桟橋や船の修理もすぐに進む」 サルヴィアがきちんと目標を立ててくれるおかげで、下にいる人間がなすべきことを明確にできる。いいリーダーだ。 「ただ、問題があとひとつあるのよね。まあ、黙らせることも、できなくはないと思うのですけれど」 後半がなにやら不穏なことを言ったサルヴィアを見返し、先を促す。 「『永冥のダンジョン』がある場所、わたくしの領地じゃありませんの。フーバー侯爵に不法侵入と言われるかもしれないわ。穏便になんとかできなければ、黙らせますけれど」 二回黙らせる言ったけど、そういえば、そうだったな。 「「「……」」」 ……いや、これもしかしなくても、大問題じゃないか? |