春風



 山間を吹きぬける、少し暖かくなってきた風に髪をなぶらせながら、クランチェシはラル・モダートへ続く裏街道を眺めていた。
 さっき、この道を下っていった二人分の人影は、もう見えない。
(行ってしまった・・・)
 おそらく、もう二度とまみえる事はないと考えながらも、いつかきっと彼らのことを風に聞くという確信があった。

 無愛想な若い魔法使いの隣で、気が遠くなりそうなほどの美貌を微笑ませた若者が、ぺこりと頭を下げた。皆の事、よろしくお願いします・・・。
 はじめは彼の同行を、魔法使いはしぶったらしい。「危ないからだめ」「危ないなら一人で行かせない」という、どうしようもない応酬があったそうだが、結局は周到な準備をした「何でも屋」が言い負かし、年下の魔法使いが折れたようだ。

(もっとも、あの人に本気でせまられたら、断れる人はいないと思うけど・・・)
 思い出して、一人くすくすと笑う。
 不思議な人たちだと思う。
 美貌の「何でも屋」が、冷たく動かない魔法使いの表情を、嬉しいような困ったような、それでいてとても穏やかなものに一瞬だけ変えさせた時、クランチェシは途方もない胸の高鳴りを覚えたものだった。
 おさまるべき形におさまった、そんな安心感と喜びがある。
「よかったですね」
 今は亡き、彼らを愛し、慈しんできた人たちにむけて、クランチェシはそっとささやいた。
 そして、彼を呼ぶ声に答えて、村へと踵を返した。
 遠い春雷を運ぶ風が、いまはまだ、穏やかに山道を吹き抜けていった。

≪続きは本編で≫