願い



 仕事の依頼がなければ、一日中一人で寝台の上にいるセスにとって、一緒にごろ寝してくれる人がいるのは新鮮で、とてもわくわくした。
 例えその人が、発熱の疲労でぐっすり眠っていたとしても、長い金髪を少しずつ梳り、焦げていたり痛んだりしているところを丁寧に切り、ついでに三つ編みにして遊んでいた。
「・・・?」
 目を覚ました人が、大量の三つ編みに埋もれていることに気付いて驚いても、セスはちっとも気にしない。
「おはよ〜」
「・・・はよ」
 かすれた声は寝起きのせいだ。
「おかえり」
 おかえりなんて言ってもらったのは、いつ以来だろう?セスは益々嬉しくなった。
「ただいま。苺食べる?」
「食べる・・・!」
 意外と甘党だったことには驚いたが、自分も甘いお菓子が好きなので、話が合って実に結構なことだ。ジンは甘いものがあんまり好きじゃないし。
 娼家のお姐さん達に配る為に、組長が大量に手配した苺だが、たまたま側にいたセスにもくれたのだ。一応仕事の依頼人ではあるのだが、セスの見かけが小さいので、能力とは別のところで、ほとんど子供扱いしてくる。
 自分だって≪南天燭閣≫で遊んでみたいなぁと思うくらいには大人なのに・・・。
(まぁ、苺にありつけたからいいけどさ)
 両手が不自由な居候の為に、セスは苺のへたをちぎりとってあげた。
「はい、あーん」
 少し驚きつつも、素直に口を開けた中に放り込む。
「美味しい?」
 甘くて美味しいと頷く居候。家まで持って帰って来た甲斐があったというものだ。
 セスも一粒食べてみると、真っ赤な苺は、みずみずしくて、とても甘かった。
 セスは居候と自分の口に、交互に苺を放り込みながら、昨夜の収穫を報告した。
「噂程度なんだけどな、なんかごたついてるみたいだぜ。ルースが抜けるとか言ってるらしくてさ。あいつ組織の中でも天辺近くにいる奴じゃん?・・・んぐんぐ。でな、どうもラル・ホノンデテール方面に行ったまま、帰ってきてねぇって話。・・・そそ。あの辺はアベライゼン公爵のお膝元だろ?なんかそんな話知ってる?」
 しばらく考えた後、悲しげなため息が出た。
 噂を聞いたことはあるが、子供の自分にはちゃんと話してくれなかった・・・。
「んー、そうかぁ。まぁ、気を落すな。もっと調べてくるから」
 食べ終わって空になった器をどかし、セスは居候の横にごろんと横になった。
「ありがと・・・」
「いいってこと。元気になったら、一緒に探しに行こうな」
 一緒に行くには、セスは自分の体力の方が心配だった。せいぜい王都の中ぐらいでしか、自分は役に立たないだろう。
(もっと丈夫だったらなぁ)
 小さい頃、外で走り回る子供たちを羨ましく思いながら見ていたが、これほど切実に健康な身体が欲しいと思ったことはなかった。
 包帯ぐるぐる巻きの居候の腕は、セスの華奢な腕の倍以上ありそうだ。身体的には軟弱さを想像させる魔法使いの癖に、居候は肩幅も胸板もある立派な体つきをしていた。
 そうでなくては、あのルースとガチ勝負しようなんて思わないだろうが、包帯をかえる時に見た、傷跡はたくさんあっても、火傷を免れたしなやかな背筋にセスはあこがれた。
 羨ましそうに見ているセスに気付いたのか、居候はゆっくりと寝返りを打った。金色の目が戸惑いがちに見つめてくる。
「・・・」
 大体言いたいことはわかる。賞金首の自分といては危険だと。それでも、やっぱり向うも一緒にいたいと思っていることも、しっかりとわかってしまうのだ。
「いいじゃん。俺も、もっと元気になるようにがんばるからさ」
 傷に障らないようにとは思いつつも、セスはぴたりと居候にくっついた。本当はぎゅっと抱きついたっていいぐらいだ。
 清涼で、静かで、とても安らぐ。
 こんなに自分と相性のいい人間を、なぜもっと早く自分とめぐり合わせなかったのか。セスは聖治神に恨み言を言いつつも、感謝した。
 ずっと一緒にいさせてください・・・。どうか、少しでも長く、一緒に・・・。

≪続きは本編で≫