君のこと・・・



 ふと、隣からの寝言で、ティアマトは目を覚ました。
 下草の寝台と、星空を覆う大木の天蓋。焚き火の跡を中心とした結界はきちんと機能し、二人が熟睡するのに心配はいらない。

(寝苦しくないのかな?)
 隣で猫のように丸くなって寝ている幼馴染を、ティアマトは寝ぼけたままの目で確認した。
 怖い夢でも見ているのか、小さなうめき声が聞こえた。
「・・・先生」
「・・・・・・」
 なんだか立ち入ったものを見てしまったようで、ティアマトは赤髪をかき回して、再び横になった。
 離れ離れになっていた十年間、どんな風に過ごしてきたんだろう、と思わずにはいられないのだけれど、いつも聞けないでいる。

 王都に行けば、少しはわかるかなとは思うのだけど・・・。
『どうしたの?』
 傍らに、陽炎のような人影が座っていた。
(いや、うなされているみたいだったから)
 頭の中に響いてくる声に、頭の中だけで答える。二人だけで旅を始めてから教えてもらった、精霊との会話方法だ。
(エイル、ファーリィの先生って、どんな人?)
『うーん、一言で言うと、ひねくれ者かなぁ』
 くすくすと笑う声が、頭の中に流れてくる。
『ただね、君を見つけたら、絶対に仲間にするように俺に言ったのも、ヴィオ先生なんだよ』
 初耳だった。ティアには、ヴィオ先生とやらと面識はない。
(どうして?)
『さぁ、どうしてかな』
 エイル得意の意地悪だ。
 そう思ったとたん、体が動かなくなった。金縛りだ。
(エイル〜)
『君への嫉妬だ。甘んじて受けたまえ』
(なんだそれ)
『ヴィオは、自分では教え子に、身を守る魔法を教えてやることは出来ても、笑い方を思い出させてやることは不可能だとわかっていた』
(・・・)
『君にならできると、そう確信していたようだ。責任重大だな』
 重たい嫉妬にのしかかられながらも、ティアはまだ会ったことのない青年貴族に思いをはせた。

 笑わないどころか、ほとんど感情が欠落してしまったような幼馴染だ。どうやって思い出させろというのか。
 懸命に首だけ動かすと、見通しのいい場所でも、人通りの少ない道でも、はぐれないようにティアマトの手を引いてくれる大きな手が、下草や落ち葉を巻き込んで、しっかりと握り締められていた。
(・・・・・・)
 突然、閃いた。
 にやりと笑うと、ティアマトは手を伸ばした。金縛りはなく、軽く動いた。
 たぶん、自分だけの特権だ。誰にもやらない。
 火傷のせいで変色した魔法使いの手に、ティアマトは自分の手を重ねた。
(俺のものってことで、いいんだ)
 ヴィオ先生とやらを見つけ出し、証人になってもらおう。
 ティアマトのにやにや笑いは止まらない。
(教会の人間にも、賞金稼ぎにも・・・ヴィオ先生にもやるもんか。これは俺のだからな)
 十年ぶりに、やっと自分のところへ戻ってきたのだ。もう、手放す気はない。
「俺が守ってあげるからさ」
 そのうち、悪夢すら見られないようにしてやるのだ。絶対に・・・。

≪続きは本編で≫