時の向うとこちらで


「もう・・・お兄様とは会えないの?二度と?」
 泣き暮らしてやつれてしまったリーサ姫に詰め寄られ、少し迷ったような間の後、唇をかみ締めたまま、アルスは「はい」とうなずいた・・・。

「アルス元気ないぞ」
「そりゃあ、あんだけいろんな人に『王子はもう戻ってこないのか』って確認されたら、嫌でも凹むわ」
 久しぶりにグランエスタード城へ行き、自分達のボロ船に戻ってきたところだった。
 碇を上げることもせず、一人波打ち際で座り込むアルスをそっとしておこうと、マリベルとガボは先に船に乗り、甲板へ出ていた。
「キーファが向うへ残ったことを報告した時以来だったわね、お城まで行ったの」
 一度城下までは行ったのだが、王様達のショックを受けた顔を思い出して、城の入口まで来ていながら、引き返したことがあった。
「今日のお城の中、静かだった」
「あのボンクラ王子、人気だけはあったし。寂しいのはわかるんだけどね」
 寂しいのは自分達だって同じだ。マリベルは心の中で毒づいた。
(あんたはいいわよ、キーファ。自分のやりたいこと見つけて、勝手に決めて行っちゃったんだもの。王様達に報告するアルスの顔を、ちょっとでも想像してみなさいって言うのよ)
 両腕を広げ、船の縁に背中を預けて、マリベルは空を仰いだ。

 そもそも、遺跡をいじってこの冒険を始めるきっかけを作ったのだってキーファとアルスだったし、この船を修理して航行できるようにしたのだってキーファとアルスだった。
 危険だから冒険はするなと、一度は離れ離れにされたアルス達だったが、結局はマリベルも入れて三人で旅を続けた。ガボという仲間も増えて、大変だけど楽しい冒険だった。
 ・・・きっと、キーファを止められなかったことに、アルスは責任を感じていたに違いない。王様達の信頼を裏切ったと、自分を責めていたんじゃないか。そう、マリベルは思っていた。
 息子を、兄を失って悲しむ家族。次期国王を失って動揺する人たち。
 自分達にもどうしようもなかった。
 三人だけこちらの世界に戻された後、もう一度あの大陸へ行ってみたけれど、そこにはもう、キーファの姿も、ユバールの民の姿もなかった。すでに旅立ってしまった後だったようだ。
 こちらの世界に出現した大陸へ行き、キーファ達の足跡をたどろうとしたが、そうとう年月が経過しているせいか、地形も変わり、全く手がかりはつかめなかった。
 これでは自分達だけで王様達を慰められないと、がけっぷちに住む物知り老人に助力を頼み、自分達は引き続き、『世界を集める』冒険をしていた。

 今日、グランエスタード城へ行ってみた感じでは、王様は立ち直りつつあるようだった。逆に、国王になるとは別の、重要な使命を担うことになった息子を心配しているようだった。リーサ姫も、アルスに「戻らない」ときっぱり言ってもらったおかげか、どこか吹っ切れた顔をしていた。
「王様やリーサ姫は立ち直ってきたみたいだし、そのうち落ち着くかし・・・」
 大きな物音に視線を向けると、舫綱もやいづなをたどって船側をよじ登ってきたアルスが、碇を上げる為に別の綱を抱え込んでいた。ガボが甲板を走り、手伝おうとしている。しかし、マリベルはそこを動かないで声をかけた。
「次はどこへ行くの?」
「新しい石版の欠片も見つけたし、また遺跡に行こうかなって思ってる」
「ふぅん」
 帆が張られ、ゆっくりと船が動き出した。
「ねぇ、あんたはどう思ってんの?」
「え、何が?」
「キーファのことよ」
「ああ・・・うん」
 帽子の中に手を突っ込み、ぼさぼさに伸びた黒髪をかき回すと、嘘のつけない朴訥としたアルスは、少し困ったような笑顔を見せた。
「大丈夫だと思うよ。ちゃんと、ライラさん達を護ってると思う」
「そうじゃなくて・・・」
 がくっと首を落したマリベルを、きょとんとした顔で見たアルスは、今度は混じりけのない透き通った笑顔をしてみせた。
「石版を全部見つけて、切り取られた世界を全部元通りにしたら、きっとキーファ達のこともわかるよ。もしかしたら、まだ僕達が見つけていない場所で、『キーファ王国』とか作っているかもしれないし」
 くすくすと笑うアルスを、不思議そうにガボが見上げた。
「アルス、キーファにまた会えるのか?」
「どうかな。たぶん、無理だと思うよ。でも、キーファのひいひいひいひい孫ぐらいには、会えるかもね」
「そうか」
「うん。だから、マリベルも心配しなくて大丈夫だよ」
「ふん、誰も心配なんてしてやしないわよ」
 マリベルは鼻を鳴らして、きらきらと光を反射する水面に視線を向けた。
 キーファとは兄弟のように、いつも一緒に遊んでいたアルスが言うのだ。その通りなのだろう。
「アルス!あたし次は魔法使いに転職したいの。早く次の場所に行くわよ!」
「は・・・え、でも、船だし・・・」
「いいから、急ぐの!」
「は、はいっ」
 帆を操るべく、マストの側へすっ飛んでいくアルスを尻目に、マリベルは両手を腰に当てて、潮風にスカーフや髪がなぶられるに任せた。
「ふん、心配なんかしていないわっ」
 そのつぶやきは、マリベルにしか聞こえなかった。

≪fin≫