交わりの道 6


 うららかな日差し、さわさわと風にそよぐ木々、獣や鳥の声がする瑞々しい緑・・・・・・。ここは数ある惑星の中でも、比較的穏やかな気候をしている。
 温かく澄んだ空気を胸にいっぱい吸い込み、恵夢は深く息を吐き出した。
「はあぁ。ん〜、やっぱ地上の酸素は美味いね!」
「この身体で酸素も何もないが・・・・・・」
「気分だよ、き・ぶ・ん!」
 うんと両腕を上げて背伸びした恵夢は、活動的な黒のキャミソールとぴっちりしたホットパンツという格好で、黒い羊角と同色の鳥の翼のアクセサリーがなければ、街を歩いている方が似合いそうだ。星柄のオーバーソックスとショートブーツ、グローブも、惑星探査の装備ではなく、ファッションの域を出ない。
 さらりとした短い黒髪を振り、恵夢は腰に両手を当てて、同行者をねめつけた。
「僕ぁ、蝎姫みたいに、何にでも同化して平気じゃないの!まだ割と人間ぽいの!」
「修行が足りんな」
「・・・・・・そーゆーもんじゃないと思うんだけどなぁ」
 がっくりと首を落とす恵夢を見おろし、蝎姫は風になぶられる長い髪を手で押さえた。陽に照り返された黒髪は、深く暗い紫色をしていた。
 深紅の鎧を身にまとった蝎姫は、色の違う双眸で、はるかを見晴るかす。
「俺はそもそも人間という生物ではなかった・・・・・・はずだ。同じように考えるのは、無謀であったな」
「へぇ!?人間じゃなかったんだ!」
「・・・・・・たぶんな。昔のことで、もう忘れてしまった」
 目を丸くして驚く恵夢に、蝎姫は小さく頷く。時間と呼べるかもわからない悠久の永さの中で、知的生命体と比較的コミュニケーションが取りやすい姿になったのだろう。
 均整のとれた長身に女らしい曲線を加えつつも、蝎姫にはどこか中性的なイメージがまとわりつく。鎧に覆われない肌がいくら柔らかそうに見えても、二本の角を額から生やした玲瓏たる美貌が微笑んでも。
「とはいえ、現在はこの通りの無機物だ。いい加減に慣れるといい」
「ちぇーっ」
 大宇宙船団に所属する惑星調査員に、個別に支給されたサポートパートナー。それが二人の現在の存在であり、生命体というよりはシステムに入り込んだウイルスのようなものだ。得た肉体も機械であり、サイズに至っては、この世界の人間の半分ほどの背丈になる。
「そういえば、ちょうど一緒になったけど、蝎姫はこのレベルだっけ?」
「恵夢ほど高くはないが」
 自在槍や両剣といった武器を振り回しながら、二人はのんびりと会話する。
「うちのマスターは、相変わらず、出不精でな」
「蝎姫はクラスをとっかえひっかえか」
「恵夢はどうなんだ。マスターはクラスをひとつ極めたのだったな?」
「そうなんだけどさぁ、あの子ったら最近ダーリンの所に入り浸りなんだもん。マイルームにだって、たまにしか帰って来やしないよ」
 獲物をしとめた武器を納め、恵夢はぶうたれた。蝎姫は指定された収集物を回収しながら、穏やかに笑みをこぼす。
「いいことじゃないか。彼は・・・・・・その、特殊な人間だっただろう。この世界でも」
「まあね。その孤独を僕が癒してあげようかと思っていたのに、これだよ」
「・・・・・・人間サイズでない今の身体で、どうしようと」
「もうっ!」
 恵夢はぷんすこと肩をいからせ、八つ当たりのように進行に邪魔な樹木をなぎ倒した。
「まだ何かありそうだな。何をそんなにイラついている?」
「ちょーっとね、調べてみたんだよ」
 岩場をまわり込む蝎姫の頭上を、恵夢が軽々と飛び越えていく。彼女の獲物は、美しい羽根をもった大型の鳥類らしく、青空をきょろきょろと見回している。
「僕と波長が合うくらいだからさ、なんかあるんじゃないかと思ったの。そしたら、僕の行けない別の道も持ってた」
「ほう」
 人は多くの道を持っている。しかしそのすべてに、恵夢や蝎姫たちが関わることは出来ない。
「何がムカつくって、ダーリンと一緒っぽいことだよ!僕を差し置いてぇぇぇええええっ!!!」
「・・・・・・まあ、今回は縁がなかったと思え」
「きぃぃぃっ!!」
 暴れる恵夢は、今のマスターを気に入っているということだろう。両剣を肩に担ぎ、蝎姫は苦笑いでため息をついた。
「恵夢、ここが終わったら、浮遊大陸に付き合ってくれ。私の力が足りないらしく、なかなか収集品が落ちなくてな」
「じゃあ、そのあと浮上施設つきあってよ。九十九個集めろとか鬼だよね。サポパ使い荒いよね!?」
「ああ、そうだな」
 飛ぶように駆けていく恵夢を追いかけ、蝎姫も走り出した。
 道は多く、されど一度に進める道は、唯一のみ。多くの交わりを言祝ぐものの、彼女らの存在を増やすことは禁忌なり。

Fin