交わりの道 5


 飾り気のないベッドもチェアも、見上げるように高く大きい。まるで巨人の国に迷い込んでしまったかのようだが、実際には自分が小さいのだと理解している。
 かの地を去って新たに辿り着いた此処は、虚空に浮かぶ大宇宙船団を構成する一隻の中だった。
「蝎姫、ずいぶん女らしい格好だね?」
「マスターの趣味だ」
 オリエンタルマットの上に置かれたクッションに座っているのは、恵夢とほぼ同じくらいの大きさになった蝎姫。それも、男のような中身ではなく、艶めかしい女の体に似合った紫色のチャイナドレスをまとっている。
 そのスリットから覗く脚もさることながら、何より目を引くのは、額に生えた二本の角と、赤と金のオッドアイだろう。そういう種族がこの世界にはあるとはいえ、本来の彼女の姿を思い出させるような美しい容姿は、恵夢に新鮮な感動を与えていた。
「恵夢こそ、可愛らしい服を着せてもらっているじゃないか」
「ドレスなんか似合わないしね。うちのマスターも、よくわかってるよ」
 猫耳型のアクセサリーをつけ、マスターとお揃いのピアスをつけた恵夢は、膝を抱えたまま細い肩をすくめてみせた。
 へそが見えているノースリーブとミニスカートを着た恵夢は、蝎姫のように背が高いわけでも、ぼん、きゅ、ぼん、という体型でもない。買い与えられた服は、動きやすさに女の子らしいテイストを加え、余計な華美さや奇をてらったところのないデザインで、とりあえず・・・・・・胸が大きくなくても、それなりに様になる。
「それにしても、また変な所にきたねえ」
「これほど理路整然と歪みまくった世界も珍しい。何回やり直しているのだろうな」
「恐ろしいね。数えはじめたら頭がおかしくなるよ」
 そんな世界だからこそ、自分たちが生身の人間ではない存在として顕現したのだろう。管理されたこの世の因果律に干渉するには、彼女たちの存在は大きすぎた。
 サポートパートナーと呼ばれる機械的な存在にもぐりこんだ二人は、それぞれのマスターに仕え、のんびりと過ごしていた。やらなければいけないことといえば、マスターに呼び出されて探索に同行するか、依頼された物品集めをするぐらいで、おおよそ忙しいという環境ではない。ただ、同時に自由というものはほとんどない。彼女らはサポートシステムの端末であって、シップの乗組員ではないのだ。
「そういえば、蝎姫この前まで、変なしゃべりかたしてなかった?蝎姫が『おちゃのこさいさいだよー!』なんて言うの、初めて聞いたんだけど」
「・・・・・・忘れてくれ」
 恵夢にからかわれて、蝎姫は珍しく恥ずかしげに視線をそらした。不慣れな環境で自分の個性を安定させるのも大変だったのだ。さすがに、その世界固有の物質や機構に同期するのは時間がかかる。
 蝎姫は相変わらず長槍を得意武器としていたが、恵夢はマスターと同じ武器で、珍しい自在槍というものを嗜み、なかなかの腕前になってきたところだ。そろそろ他の得物も試してみたいと思い始めている。
「恵夢はマスターが気に入っているようだな」
「うん、面白い子だよ。僕が襲ってあげられないのが残念だけどね」
 さすがは恵夢というところか、朗らかな笑顔で言ってのける。彼女のマスターは細身とはいえ、立派な青年で、惑星での調査や戦闘に明け暮れるのが仕事だ。
「蝎姫は?」
「そうだな、悪くはない」
 蝎姫のマスターも惑星探査に赴くが、最近は装備やテクニックのクラフトに集中しているらしい。少女の面持ちをした機械の身体を持ち、任務以外はあまり前線に立ちたがる性質ではないようだ。
「しかし、自らの意志で研鑚できない状態というのは、体がなまりそうで、あまりいいものではないな。いつもと同じ傍観者であることに変わりはないが、ストレスがたまりそうだ」
「そう?蝎姫は真面目だなぁ」
 ため息をつく蝎姫とは対照的に、恵夢はあっけらかんとしたものだ。
「まあ、こっちに来てそろそろ一年たつけど、まだまだ先は長そうだし」
「うむ。今からこの調子では先が思いやられるな。恵夢を見習って気楽に構えねば」
「・・・・・・それは、きっと褒めたんだね」
「見習うと言っているのだから、そうだろう」
 首を傾げる恵夢に、蝎姫はシニカルに微笑んで、膝を抱えて座りなおした。
「この世の果てに、交わる道があるとよいのだが」
「宇宙にだって航路があるんだから、そのぐらいあると思うよ」
 まずはこの事象が、雑踏に紛れた確かな足跡であるように。

Fin