交わりの道 2
この季節、首都の大通りに植えられた桜も散り、新緑が目に付き始める。その下で露店を広げる商人たちも、どこか清清しく活気付いている。
人込みの中を漂うように、ぷらりぷらり歩くと、会いたいと願った人物が向こうからやってきた。 ちょっと驚かそうと思った瞬間に、先方に気付かれる。相変わらず目敏いと賞賛したいところだが、向こうは迷惑にしか思わないだろう。 琥珀色の目が不吉な物を見るように眇められ、気付かなかったふりをしようとして諦める。その一連の動きが瞬くよりも短い一瞬で、おそらくよほど親しい人間でもない限り、このほとんど動かない不機嫌そうな表情の持ち主の心を読み取るのは不可能だろう。 「お久しぶり。お正月以来だね」 「・・・どうも」 少しかすれ気味で耳に残る低い声は、彼のいつもの音域からわずかに低く外れているはずだ。そしてそれは、彼が不快と恐れとをねじ伏せた成果であり、そんな強さが恵夢には嬉しい。 挨拶だけで別れようとするその男の脚を、恵夢は自分の肩を少し動かしただけで止めさせた。 「・・・・・・」 「代売りお願いしていい?」 ものすごく嫌そうにひそめられた眉が、恵夢の言い値にさらに険しくなる。・・・相場のほぼ半値だったからだ。 「安すぎる」 「いいじゃーん。僕は売れればいいし、儲けはサカキくんの売り上げになるんだし」 「悪魔が他人の利益を語るな」 「人の善意は素直に受け取るべきだよ。でないと、すぐに禿げるよ?」 これ以上付き合っていると、禿げる呪いをかけられるとでも思ったのか、癖のきつい緑色の髪をした男は、恵夢の提示した品物を確認すると、言われただけの金額を交換に支払った。 「ありがとね〜」 「まいど」 律儀に商人としての礼節を示す男に、恵夢はにやにやと顔を寄せた。 「ねぇ・・・素質あると思うんだけど?」 剣呑な光を宿した琥珀色の目が、前髪の下から恵夢を射抜く。彼我の圧倒的力量差を把捉した上で、この男は他人に向けるのと同じ眼差しを恵夢にも向ける。 その卑屈さの欠片もない、矮小なくせに誇り高い、己を正しく律しようとする清冽な強さが、恵夢のような存在を魅了して止まないのだが、彼自身はまったく気がついていない。 「俺は、あんたたちほど強くない」 その通り。彼と恵夢では、根幹の造りが全くちがう。彼は、地面に両足をついて生きていくのが、もっとも理に適った生き方であり、また賢明にもその自覚がある。 「ザンネンだなぁ。スカウト失敗だ」 「よしてくれ。寿命が縮む」 「やれやれ」 恵夢は肩をすくめ、自分達の道がこれ以上濃く交わらないだろうことを認めた。 「でも、キミたちの道は、もう交わっている。・・・わかるだろ?」 「・・・ああ」 孤独に生きていた男に、友ができ、恋人ができ・・・そして、さらに世界を広げる友が現れた。彼らはこの男に、恵夢とはちがう、また別の世界への道を強く繋げた。 「妬けちゃうなぁ」 「やめてくれ・・・」 明るい恵夢とは対照的に、恵夢よりやや年上に見える緑色の髪の男が、ため息混じりに唸る。それがまた、恵夢には楽しい。 「あははっ。あの人たちに悪戯なんてしないよ。お正月の時は、本当に偶然で、不可抗力だったんだよ」 「わかっている」 「そう。じゃ、また代売りお願いするね」 恵夢が笑顔で手を振って歩き出すと、これ以上ないというほど苦々しく顔を歪めた男は、ようやく呪縛から解放され、パンダカートを牽きながら恵夢とは違う方向へ歩き出した。 彼は彼の道を歩く。交わり、また離れたとしても、彼の行く先には別の交わりが待っている。 ( 彼らに幸運を。そして、新たな出会いに、感謝を。
Fin
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